表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/367

愛欲の明王(あいよくのみょうおう) その4

また侍所(さむらいどころ)に戻り私の護摩(ごま)行の順番をまっていると、多喜(タキ)がきて

「竹丸さん?今日も寂運(じゃくうん)僧都(そうず)はほかの方の調伏(ちょうぶく)で忙しいので、また明日以降にしていただきたいとのことです。」

私は若殿(わかとの)の顔を見て

「どうして私は門前払いなんですか?」

「それは多分・・・男だからだろう。」

なんだか私にも寂運(じゃくうん)僧都(そうず)の行動パターンが読めてきた。

無頼(ぶらい)が気にしていた『何かまずいこと』とは寂運(じゃくうん)僧都(そうず)が女性優先で、薬を飲ませて護摩(ごま)行を行っていること・・・となればやっぱり犯罪の匂いがする。

若殿(わかとの)に、

寂運(じゃくうん)僧都(そうず)は女性の調伏(ちょうぶく)依頼者に薬を飲ませて意識を低下させ、よからぬことをしているのじゃないですか?」

とズバリと聞くと、それを聞いていた多喜(タキ)がアハハと声を上げて笑って

「それはないわ!坊や。あの人はできないのよ。」

「何故それを知ってるんですか?」

多喜(タキ)はニヤニヤ笑って

「私もあの人と何度かそういうことを試したのだけど、最後まであの人がいけたことは一度もないのよ。」

「お坊さんだから別にそれでもいいですよねぇ?」

と私は言ったが、そもそも試みるということは寂運(じゃくうん)僧都(そうず)はやる気満々だったのね。

若殿(わかとの)が眉をひそめ

「失礼ですが、他の女性ともできなかったんですか?」

多喜(タキ)は少し不機嫌な顔をしたが

「あの人も反応はするのよ。でも最後までもたないのだから、誰とでも同じじゃないかしら?

そもそもこの寺のご本尊の愛染明王(あいぜんみょうおう)は煩悩を否定していないのよ。愛欲を燃やし尽くしてそこから悟りを求める心が生じればいいのよ。」

私はなるほど~~!寂運(じゃくうん)僧都(そうず)はまだ悟りを求めている真っ最中なのかと納得。


 屋敷に帰ると、若殿(わかとの)は巾着の中身を少しずつなめて試していた。

私は

「結局、よからぬことが目的じゃないなら、寂運(じゃくうん)僧都(そうず)はなぜ薬を飲ませたんですかね?調伏(ちょうぶく)に効果があったと思わせるためですかねぇ?」

と、顔色が悪く苦しそうな若殿(わかとの)に話しかける。

「うぅ・・・っ、最初の薬の成分はこれだが、次の薬はどれだ?」

と言いながらいろいろなめてみてる。

「おぉっ!これは美味い!それに気分がよくなった!ハハハ!」

とテンションが上がっている。

自分の体で試すなんて馬鹿な事をするもんだが、これではっきりしたならすごいことだ。

「竹丸!全てわかった!明日、寂運(じゃくうん)僧都(そうず)を問い詰めるぞ!」

若殿(わかとの)はハイになったまま言い放った。


再び寺を訪れた我々は今日、若殿(わかとの)は身分を明かしてまで、ついに護摩(ごま)堂で寂運(じゃくうん)僧都(そうず)と対面した。

寂運(じゃくうん)僧都(そうず)は四十半ばのごつごつした坊主頭をして顔は四角くテカテカのアブラギッシュな中年男性。

表情はいつも眉間にしわを寄せへの字口の怒った顔をしている。

若殿(わかとの)

「私はある貴族に頼まれ、あなたの護摩(ごま)行を娘に受けさせても大丈夫かを確かめるために調査しました。」

寂運(じゃくうん)僧都(そうず)は黙り込んでいる。

「あなたが護摩(ごま)行の最中にしていることが公になれば、弾正台(だんじょうだい)は動くかもしれませんが、何か言い訳はありますか。」

私は

「やっぱり!薬を飲ませてよからぬことをしていたんですね!でも・・・!」

とここまでで言いよどんだ。

寂運(じゃくうん)僧都(そうず)が静かに

「お調べになったのでしたら、言い訳はしませんが、その童は私が不能者であるといいたいのではないですか?それなら私に何の犯罪があるというのです?薬を飲ませるのは薬師も同じでしょう。

調伏(ちょうぶく)を依頼された私が薬を飲ませ、彼女たちの苦しみを取り除いてあげようとしたことは事実です。実際、効果があるのですから。」

若殿(わかとの)

「あなたが薬を飲ませるだけならまだよかったのですが、依頼者が苦しんでいる最中に性的ないたずらもしていますね。」

「その証拠がありますか?」

「『彫りかけの仏像のようなものを手に持っていた』と証言した女性がいます。あなたはご自分のものではなくそれを使って交合(こうごう)したのです。」

寂運(じゃくうん)僧都(そうず)は怒りで、もしくは屈辱で顔を赤くし

「貴様!何様のつもりだ!何の権利があって私の秘事に介入するのだ!」

「それが合意のもとなら問題はありません。だが、あなたは依頼者を無力な状態にしてから強姦(ごうかん)した。たとえ道具を使っても強姦(ごうかん)です。」

寂運(じゃくうん)僧都(そうず)は赤いを通り越して赤黒い、忿怒(ふんぬ)の表情を浮かべた明王のような顔をして

「それを・・・知ったからといって私をどうしようと考えているのですか?弾正台(だんじょうだい)に突き出すのですか?朝廷に訴えるのですか?」

「もし、あなたがこれ以上続けるならそうします。直ちにやめていただけるなら黙っておきましょう。」

私は『えぇ!こんな強姦魔(ごうかんま)をおとがめなしに野放しにするんですか!』と思ったが、僧都(そうず)にまでなった人の不祥事となれば真言宗への信頼もガタ落ちだろうから、どうせよってたかって隠ぺいするに違いないとも思った。

「でも!このまま許したら被害者が増えますよ」

若殿(わかとの)に言うと、

「もう一度同じことが起これば今度は本当に弾正台(だんじょうだい)に突き出す。最後のチャンスをやるだけだ。」

実際に強姦(ごうかん)されてると気づいた女性が何人いるかは知らないが、(おおやけ)になれば被害者も傷つくだろうから、大事(おおごと)にしないのも、まぁ仕方ないのかも。

若殿(わかとの)多喜(タキ)との連絡を密にして、寂運(じゃくうん)僧都(そうず)の動向を見張らせることにした。


「ところで最初の薬は何で、次の薬は何だったんですか?」

と私は体を張ってまで若殿(わかとの)が試した成果を聞き出そうとする。

若殿(わかとの)

「最初の腹痛は八角形のシキミの実で、回復はカサにイボがあるイボテングダケの摂取によっておこる。幻覚や多幸感もイボテングダケのせいだ。」

(*シキミの毒成分アニサチンはGABAの阻害薬、イボテングダケの毒成分ムッシモールはGABAの作動薬である。)

私は厳しい修行をして阿闍梨(あじゃり)にまでなった人が、愛欲を捨てられないばかりに身を持ち崩すなんて人間とはつくづく残酷な(ごう)を持った生き物だなと思った。

「じゃあ愛欲を持て余した寂運(じゃくうん)僧都(そうず)はどうすればよかったんでしょう?」

若殿(わかとの)に聞くと


「修行による己の力で法悦(ほうえつ)に至れない者は、交合(こうごう)や薬物でしか快楽を得るすべがないのかもな。」

と言った。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

イボテングダケはうまみがすごいらしいですね!

調伏の実態調査を頼んだ貴族は「藤の花翳」の家原郷好(いえはらのさとよし)様で、その姫は真赭(まそほ)姫という設定が一応ありました。

時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ