愛欲の明王(あいよくのみょうおう) その4
また侍所に戻り私の護摩行の順番をまっていると、多喜がきて
「竹丸さん?今日も寂運僧都はほかの方の調伏で忙しいので、また明日以降にしていただきたいとのことです。」
私は若殿の顔を見て
「どうして私は門前払いなんですか?」
「それは多分・・・男だからだろう。」
なんだか私にも寂運僧都の行動パターンが読めてきた。
無頼が気にしていた『何かまずいこと』とは寂運僧都が女性優先で、薬を飲ませて護摩行を行っていること・・・となればやっぱり犯罪の匂いがする。
若殿に、
「寂運僧都は女性の調伏依頼者に薬を飲ませて意識を低下させ、よからぬことをしているのじゃないですか?」
とズバリと聞くと、それを聞いていた多喜がアハハと声を上げて笑って
「それはないわ!坊や。あの人はできないのよ。」
「何故それを知ってるんですか?」
多喜はニヤニヤ笑って
「私もあの人と何度かそういうことを試したのだけど、最後まであの人がいけたことは一度もないのよ。」
「お坊さんだから別にそれでもいいですよねぇ?」
と私は言ったが、そもそも試みるということは寂運僧都はやる気満々だったのね。
若殿が眉をひそめ
「失礼ですが、他の女性ともできなかったんですか?」
多喜は少し不機嫌な顔をしたが
「あの人も反応はするのよ。でも最後までもたないのだから、誰とでも同じじゃないかしら?
そもそもこの寺のご本尊の愛染明王は煩悩を否定していないのよ。愛欲を燃やし尽くしてそこから悟りを求める心が生じればいいのよ。」
私はなるほど~~!寂運僧都はまだ悟りを求めている真っ最中なのかと納得。
屋敷に帰ると、若殿は巾着の中身を少しずつなめて試していた。
私は
「結局、よからぬことが目的じゃないなら、寂運僧都はなぜ薬を飲ませたんですかね?調伏に効果があったと思わせるためですかねぇ?」
と、顔色が悪く苦しそうな若殿に話しかける。
「うぅ・・・っ、最初の薬の成分はこれだが、次の薬はどれだ?」
と言いながらいろいろなめてみてる。
「おぉっ!これは美味い!それに気分がよくなった!ハハハ!」
とテンションが上がっている。
自分の体で試すなんて馬鹿な事をするもんだが、これではっきりしたならすごいことだ。
「竹丸!全てわかった!明日、寂運僧都を問い詰めるぞ!」
と若殿はハイになったまま言い放った。
再び寺を訪れた我々は今日、若殿は身分を明かしてまで、ついに護摩堂で寂運僧都と対面した。
寂運僧都は四十半ばのごつごつした坊主頭をして顔は四角くテカテカのアブラギッシュな中年男性。
表情はいつも眉間にしわを寄せへの字口の怒った顔をしている。
若殿が
「私はある貴族に頼まれ、あなたの護摩行を娘に受けさせても大丈夫かを確かめるために調査しました。」
寂運僧都は黙り込んでいる。
「あなたが護摩行の最中にしていることが公になれば、弾正台は動くかもしれませんが、何か言い訳はありますか。」
私は
「やっぱり!薬を飲ませてよからぬことをしていたんですね!でも・・・!」
とここまでで言いよどんだ。
寂運僧都が静かに
「お調べになったのでしたら、言い訳はしませんが、その童は私が不能者であるといいたいのではないですか?それなら私に何の犯罪があるというのです?薬を飲ませるのは薬師も同じでしょう。
調伏を依頼された私が薬を飲ませ、彼女たちの苦しみを取り除いてあげようとしたことは事実です。実際、効果があるのですから。」
若殿は
「あなたが薬を飲ませるだけならまだよかったのですが、依頼者が苦しんでいる最中に性的ないたずらもしていますね。」
「その証拠がありますか?」
「『彫りかけの仏像のようなものを手に持っていた』と証言した女性がいます。あなたはご自分のものではなくそれを使って交合したのです。」
寂運僧都は怒りで、もしくは屈辱で顔を赤くし
「貴様!何様のつもりだ!何の権利があって私の秘事に介入するのだ!」
「それが合意のもとなら問題はありません。だが、あなたは依頼者を無力な状態にしてから強姦した。たとえ道具を使っても強姦です。」
寂運僧都は赤いを通り越して赤黒い、忿怒の表情を浮かべた明王のような顔をして
「それを・・・知ったからといって私をどうしようと考えているのですか?弾正台に突き出すのですか?朝廷に訴えるのですか?」
「もし、あなたがこれ以上続けるならそうします。直ちにやめていただけるなら黙っておきましょう。」
私は『えぇ!こんな強姦魔をおとがめなしに野放しにするんですか!』と思ったが、僧都にまでなった人の不祥事となれば真言宗への信頼もガタ落ちだろうから、どうせよってたかって隠ぺいするに違いないとも思った。
「でも!このまま許したら被害者が増えますよ」
と若殿に言うと、
「もう一度同じことが起これば今度は本当に弾正台に突き出す。最後のチャンスをやるだけだ。」
実際に強姦されてると気づいた女性が何人いるかは知らないが、公になれば被害者も傷つくだろうから、大事にしないのも、まぁ仕方ないのかも。
若殿は多喜との連絡を密にして、寂運僧都の動向を見張らせることにした。
「ところで最初の薬は何で、次の薬は何だったんですか?」
と私は体を張ってまで若殿が試した成果を聞き出そうとする。
若殿は
「最初の腹痛は八角形のシキミの実で、回復はカサにイボがあるイボテングダケの摂取によっておこる。幻覚や多幸感もイボテングダケのせいだ。」
(*シキミの毒成分アニサチンはGABAの阻害薬、イボテングダケの毒成分ムッシモールはGABAの作動薬である。)
私は厳しい修行をして阿闍梨にまでなった人が、愛欲を捨てられないばかりに身を持ち崩すなんて人間とはつくづく残酷な業を持った生き物だなと思った。
「じゃあ愛欲を持て余した寂運僧都はどうすればよかったんでしょう?」
と若殿に聞くと
「修行による己の力で法悦に至れない者は、交合や薬物でしか快楽を得るすべがないのかもな。」
と言った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
イボテングダケはうまみがすごいらしいですね!
調伏の実態調査を頼んだ貴族は「藤の花翳」の家原郷好様で、その姫は真赭姫という設定が一応ありました。
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。