愛欲の明王(あいよくのみょうおう) その1
【あらすじ:護摩行の中でも悪霊の調伏が得意な、ある僧都は顧客をたくさん抱える有能阿闍梨。
時平様はその人気に裏があるのかを探るように頼まれたが、結果をおおやけにするかしないか、今日もジックリ考える。】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は火を見ることは今も昔も心惹かれるよね!というお話(?)。
ある日、若殿が受け取った文をヒラヒラと私に見せて
「ある寺の護摩行の内容とその効果を調べて欲しいとある貴族に頼まれたのだが?お前はどう思う?」
「護摩行ってあの火を燃やして、供物を入れて、護摩木をいれて、祈祷するあれですか?」
「そう。その寺は悪霊の調伏を得意としているらしく、ある貴族が自分の娘についた悪霊を払ってほしいが、効果があるのかを私に調べてほしいと」
「若殿に?知り合いなんですか?」
若殿は困った顔をしたが
「まぁ。そうだな。前にちょっと頼まれごとを解決したり・・・」
と歯切れが悪い。
私は阿闍梨(高位の僧侶)の調伏によって祓われる悪霊をもしかしたらこの目で見れるかもしれないとワクワクしたので
「行きましょう!そして悪霊をこの目で見ましょう!」
とノリノリで若殿と出かけた。
その寺はかの有名な唐渡りのお坊さん、空海(弘法大師)の開いた真言宗の末寺の一つで護摩堂を備えた割と大きめの寺だ。
護摩堂のなかには護摩壇があって、護摩壇とは中央に火を燃やす鍋みたいなもの、その四隅には棒が立てて合って、棒と棒の間に色のついた紐が張ってあって、お坊さんが座る正面には鳥居がたててあるやつだ。
私は護摩壇をみて、火が燃えて阿闍梨が経を唱えると、憑りつかれた人の身体から、モクモクと人の形をした悪霊が立ちのぼり、苦痛の叫びをあげて消えていくさまを想像し興奮が止まらない。
「早くお祓いを見ましょう!」
と若殿を急かすが、若殿は
「まず、侍所で受付するようだが」
と辺りを見回し、そばを通りかかった使用人の女に話しかけた。
その女は肉付きのいい身体の、色白で丸顔、おちょぼ口で目の細い三十前後の女で、多喜と名乗った。
多喜はこの寺で料理人をしている人で、若殿を興味深い目でチラチラと見ている。
「調伏法をお受けになりたいんでしたら、こちらへいらしてくださいな。ええと、お名前は?」
「ある公卿の雑色の平次と申します。」
「今日はすでに女性が一人予約されていますから、少し待ってもらう事になるかもしれませんわ。」
汗を拭きながら侍所に案内され、予約帳に若殿がお祓いしてもらう人の名前と相談内容を書き込む。
『うん?若殿は調伏の効果を調べるためにきたのに相談内容にはなんて書いたんだろう?』
と思って予約帳を覗き込むと
「竹丸。 狸にとり憑かれて食い物を食いすぎる。」
と書いてあった。
むむっ!私の食い意地をいじってる!とイラっとしたが、若殿は調査をするので被験者は私しかいないのかと許してやった。
万が一、私から狸の悪霊が出てきたら、それはそれで見てみたい!
普通の護摩行は、依頼者が5・6人いて祈祷の内容を記した札や護摩木を焚き上げてもらうが、その寺の護摩行は他と違って基本的に護摩行を執り行う僧都と怨敵・魔障を除去される人との一対一で行い、他人は見ることができないとの事。
『え~~~っ!悪霊が見れないならせっかく来た意味がないっ!(私には悪霊は憑いていないはずなので)』と思っていると、若殿が多喜に
「我々の護摩行の前にどんなものかを知りたいので先に、その女性の護摩行をこっそりと見せてもらうことはできますか?」
と含みのある視線を送ると、多喜はぷっくりとふくれた頬を染めて笑みを浮かべ目を細めて
「うふふ。そうですわね。僧都には内緒で、見られるところへ案内しますわ。」
護摩堂で護摩行が始まると、私たちは多喜に案内されて、ちょうど僧都の背中が見える位置へ移動した。
三人が縁側に手をかけて頭を出して護摩堂の中を覗く格好になった。
護摩壇の右側の奥には屏風がたててあり、悪霊を祓われる人が奥にいるらしく、囲われている。
僧都が護摩木で護摩壇に櫓を組むと乳木に火を点け櫓の中にいれ護摩壇に火が点った。
同時に低いガラガラ声で経をとなえはじめる。
僧都が振り向けば私たちは見つかるが、護摩壇の火に護摩木や乳木や抹香や供物を投じたり、経を唱えるのに忙しそうなので多分大丈夫。
投じている供物とか細かいところはよく見えないが、私は今にも屏風の上に悪霊が立ちのぼってくるんじゃないかと、とにかくそこばかりを見ている。
多喜が声をひそめて若殿に
「わたくし、火があのように燃え盛るのを見ると・・・いつも興奮しますの。」
といい、若殿が
「じゃあ料理人は最適ですね。いつも竈の火をみていられて。」
と声をひそめて答える。
「ふふふ。そうですわね。でも、わたくしが言っているのは内護摩のことですわ。」
若殿がちらりと私の方を見て
「・・・子供が見てますよ。」
と言い、多喜の方へ視線を戻すので私はちらりと若殿を見ると、多喜の手が若殿の太ももの内側あたりで動いている。
私は見てはいけないもの(=面白いもの)?と思ったが悪霊の方がもっと気になったのですぐに僧都に視線を戻した。
僧都が護摩木をたくさんいれ火を大きくすると、経を誦じながら席を立ち、屏風のむこうの依頼人のところへいった。
しばらくそこにいるので私は
『あっ!今ちょうど悪霊と対決しているんだ!もうすぐ出てくるぞっ!』
とドキドキが頂点で興奮していた。
(その2へ続く)