蓬莱の玉子石(ほうらいのたまごいし) 後編
退屈になったので湯飲みや皿を厨に返そうと運んでいると、厨の外で虎目と碧が何やら揉めているのを見かけたので身を隠して立ち聞きする。
虎目が碧に
「なぁ。秘密を教えてやっただろう。私のものになっておくれよ。」
「嫌よ。貴方にはもういいひとがいるんじゃないの?」
「別にどうでもいいだろう。私はアレでもうすぐ大金が手に入るんだぞ!そうしたらお前に何でも買ってあげるよ」
と虎目がいうと碧はクスクス笑って
「あら?本当にそうかしら?でも私は何もいらないわ。悪いけど。もうあなたと話すことはないわ。」
と立ち去ろうとする碧の手をとって虎目が抱き寄せようとする。
「何をするの!放してよ!」
と碧が虎目の手を振りほどくと虎目が
「わかっているぞ!橘昌とどうにかなるつもりだろう!こそこそ橘昌と話しているところを見たぞ!お前というやつは!あの石の秘密を教えてやったのにっ!」
碧はフフンと鼻で笑って
「そう見えたの?まぁどうだってかまわないわ。あなたと一緒になるつもりはないし、あの石もどうだっていいわ。」
と言って碧は虎目を取り残したまま厨に向かい、後を虎目が追いかけた。
私が見た今の場面を若殿に伝えると、若殿はやっとわかった!という顔をして
「碧を屋敷から出すなと中納言に伝えてくれ。そして見つけ次第、荷物と一緒にここへ連れてきてくれと。」
というので私は
「全部わかったんですか!?」
若殿は頷いて
「『石の紛失の真相と犯人を知らせるから皆集まってくれ』とも伝えてくれ」
私は興奮し、急いで中納言に伝えに走った。
皆が出居に集まり、若殿の謎解きがはじまる。
「では最初に中島にある玉子石を動かしたのは・・・橘昌様ですね」
橘昌様はぎくりとして
「なぜ私がそんなことをする必要があるんですか?」
「あなたは『これでやっと仙人の住むという東方の三神山を見立てられた』とおっしゃった。4つ目の石が気に食わずどこかへ持ち去ったのでは?」
橘昌様はホッと息を吐いて諦めたように
「確かに、私があの石を持ち去りました。でも盗むつもりはなかったのです。確か厨の近くに移動させただけです。」
若殿は続けて
「橘昌様が石を持ち去る姿を見て銭をゆすり取ろうとしたのが・・・碧ですね?」
碧はビクッとしたがすぐニヤニヤしながら
「そうよ。でも盗んだのじゃなければ、どうして私に銭を払う気になったの?」
とくるりと橘昌様の方を向いて、橘昌様に質問した。
橘昌様は
「わたしは修理大夫だ。一点のやましいところもあってはいけない。ましてや盗みを働いたなどと騒ぎ立てられれば朝廷からの信頼がなくなる。」
と憤然といった。
・・・でも銭を払えば盗みを認めたことになって、バレたときもっと外聞が悪くなるのでは?
虎目が言ってた『橘昌とこそこそ話しているところ』は橘昌様が碧にゆすられてるところだったのか。
若殿が見た『怯えてる様子』は正しかったのか。
と納得する。
若殿は続けて
「厨にある玉子石をみつけた虎目は不思議に思って、あらためて玉子石をよく調べてみましたね?何が分かりました?」
虎目は若殿の目をチラチラと見返すが黙ったままじっとしている。
「私が言いましょうか?竹丸、碧の風呂敷包みをここへ持ってきてくれ」
私は碧のそばに置いてある風呂敷包みを碧の手から強引にもぎ取って若殿のところへ持って行った。
若殿が風呂敷包みを開くと玉子型の冬瓜ぐらいの大きさの石が出てきた。
何だぁ~!碧が最初に会った時から大事そうに抱えてたのが紛失した石だったのか!
でも一見、ただの丸い石だ。
若殿が石を手に取り、裏返したり目を近づけたりして細かく調べて
「竹丸、この穴を覗いてごらん」
というので、指さされたところの穴を覗くと
「わぁ!すごいっ!何ですかこれ!」
と思わず声が出る。
その石の中には外側から内にむかってきれいな紫の結晶がびっしり生えていた。
外側の結晶は小さく殻を覆うように隙間なくくっついていて、玉子の中心に向かうほど透明で大きい結晶になっていた。
どれも透明な四角い結晶のなかに紫がうっすらとはいっている宝石だった。
その宝石が数えきれないくらい『ただの石』の中に生えている。
「これは何ですかっ!?」
「おそらく中心が紫水晶で縁は瑪瑙だろう。瑪瑙の内部に水晶が晶出するものは日本にもあるが、これは日本のものではないな。」
「石の中に結晶が生えるんですか?」
「溶岩などの条件が整えばできるようだな。」
(*ジオードの形成:溶岩内の気泡や水泡が固まって形成。溶岩の流れでアーモンド状や涙型に形成される。固化した後、熱水循環によって熱水が侵入しミネラル分が結晶化して形成されたものと考えられている。)
私は何の変哲もない石の内部に、こんなに美しい世界ができていることに驚いた。
時間をかけてゆっくりと、誰にも知られず密かにこっそりとこんなに美しいものを作っているなんて自然は不思議なことをするもんだな~~と。
ぼんやり感動に浸っていると若殿が
「この石に価値があると分かっていたのはあなたたちですね?」
と碧と虎目を見る。
虎目はしょんぼりしたが碧はキッと若殿をにらんで
「だから何っ!ここでただの庭石としておいておくよりも私が頂いて銭に換えてあげようとしただけでしょ!」
と開き直ると虎目がそんな碧を弱々しくみつめ
「お前!私の石を独り占めしようとしたのか!てっきり一緒に暮らす費用にするためだと思ったのに!」
と泣き言をいった。
橘昌様と中納言と庭師はただただ驚いてあんぐりと口を開けてるばかりだった。
価値が判明したからには玉子石は中納言の友人の遺族のものとなり、その後どうなるかはわからない。
でも、知らなかったとはいえ、中に宝石の入った石を蓬莱の山の一つに見立てたなんて、まるで『蓬莱の玉子石』だし、庭師もファインプレー!
帰り道、私が何気なく
「あの石も、ただの石としてずっと庭におかれてるより、宝石だと分かってもらえた方がうれしいですよね~~」
というと、若殿はぽつりと
「どうだろうな・・・。
本当の価値に気づいてもらえないなら、たとえ宝石でも長い間、無視されるということだし、
万が一、価値を見出されたとしても、悪人を富ませるだけなら、
・・・ただの石のままのほうがいいのかもな。」
と言った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
丸い石をその辺で見かけたら、ちょっと中を見たくなるかもですね~~!
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。