蓬莱の玉子石(ほうらいのたまごいし) 前編
【あらすじ:中納言の自慢の庭は神や仙人の住む景色を再現したらしいが、山に見立てた石がなぜか盗まれた。
挙動不審の関係者が多すぎる中、時平様はパリッと秘密の殻を割る。】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は見た目がただの石でも蓬莱産ならこうかもね?というお話。
ある日、若殿と私は最近『こだわりの庭』をつくったという中納言の屋敷を訪れた。
というのも、大殿が
「わしも中納言のような流行最新の『神仙蓬莱石組』という庭をうちに作りたい!
だから中納言の庭を見物させてもらって色々教えを乞うて来い。」
と若殿に命令したので。
屋敷の門から入ろうとするとちょうど中から出てこようとする、垢ぬけた美人の下女とすれ違った。
その下女は大事そうに風呂敷包みを胸に抱え、少し屋敷内を気にして足早に立ち去ろうとしていた。
そこへ
「碧!まだ使いの品物を渡してないわ!帰ってきてちょうだい!」
と屋敷内から呼ぶ声がする。
碧とよばれた下女はびくっとしたが私と目があうとにっこりして、仕方なしに屋敷内に戻った。
私が侍所で若殿の訪問を告げると、取り次がれた主の中納言が奥からでてきて
「これはこれは、関白家の太郎君。よくぞいらした。関白殿からお話は伺っております。さあどうぞ」
と案内してくれた。
中納言は六十過ぎの恰幅のいいお爺さん。
通された出居には既に客が一人おり、若殿に頭を下げ
「これは、頭中将もお見えか。あなたも庭に興味をお持ちで?」
「いえ。父が我が家にも、と言いまして、その参考にさせていただきたく思いまして。」
私が若殿に耳打ちして
「誰ですか?」
「橘昌様だ。」
若殿によると橘昌様は修理大夫で主に内裏の修理造営を掌る人。
見た目は四十半ばの中肉中背だが筋肉質で日焼けし浅黒いが物静かな感じ。
橘昌様も中納言が庭に作らせた最新流行の『神仙蓬莱何とか』を見に来たらしい。
確かに主殿から見える庭の南には、遣水から続く大きな池があり、その中には島と橋がある。
その中島を神仙思想の『神仙島』に見立てるらしい。
神仙思想とは『東方の海の彼方に不老不死の仙人が住む神仙島があり、そこには、長寿・延命の薬がある』と信じる思想のこと。
私が見るとその『神仙島』には大きな石が一つと小さな石がその周りに2つあり、形は不揃いだった。
橘昌様はその庭を目を細めて眺め、しみじみと感心し
「見事に神仙の住むという自然を再現できておりますなぁ。遣水や池の水際の曲線にも気を配られている。
神仙島も、これでやっと仙人の住むという東方の三神山、蓬萊・方丈・瀛洲に見立てられましたな。」
と言った。
中納言はそれを聞いて満面の笑みを浮かべにこにことしているが、そのそばに庭師がやってきて
「殿、実は中島の石は壺梁を含めた4つのはずでしたが、それが今見ると一つなくなっているのですが。」
中納言は
「何?いつ気づいた?」
「今です。橘昌様のお話でおかしいなと思いまして。」
中納言は上機嫌に水を差されたので煩わしいといった口調で
「う~~む、それは、大事な石なのか?ないとおかしいものか?でも誰が一体、石など盗むのだ?」
・・・気づかないくらいなら、なくてもいいものでは?
そもそも石を山に見立てるらしいけど、神や仙人の住む山なんて誰も見たことないのにどうやって?
と疑問だらけ。
若殿は橘昌様に向かって
「あなたは石の数が3つでもいいとお考えですね?」
「そうです。今が完璧じゃないですか。」
と橘昌様はひとりでウンウンと納得している。
若殿は庭師に向かって
「石が4つだったと確証があるのはいつまでですか?」
「昨日までは4つありました。」
ということは、昨夜から今までの間に石がなぜか動かされたということか。
若殿が庭師に
「無くなった石は貴重なものなのですか?無くなると不都合があるのですか?」
「いいえ。普通の石です。まぁ不都合といっても、あれがないと見立てが少し私の意図と違ってしまうという程度ですが。」
中納言は細かいことは気にしない人のようで
「では構わん!これでよいわ!」
とうるさそうに手を振る。
若殿は気になったようで庭師に案内してもらって、4つ目の石が置いてあった場所を見に行ったが、他に比べて小さな石だったらしく、どこにおいていたかの見分けがつかないぐらいだった。
出居に戻っても、気になるらしい若殿は庭師に
「どんな形や大きさの石でした?」
「小さい冬瓜ぐらいの大きさで片方がとがっている、卵のような形の石でしたね。」
と話していると先ほどの碧という下女が白湯と菓子を運んできたので、私は
「あれ?お使いは行かなくてよかったんですか?」
碧は先ほどすれ違ったことを思い出したのか困ったように少し微笑んで
「ええ。別の人がいってくれたのよ」
と白湯とビワを私の前において、そそくさと立ち上がる。
お使いなのに肝心の届け物を忘れて出掛けようとした、美人だけどそそっかしい人だな~と思っていると、
碧は立ち去るとき橘昌様の目を見て何か合図を送るようにうなずくと、橘昌様は
「失礼して、少し厠へ」
と言って立ち上がり碧についていった。
私は橘昌様の少し焦った様子と碧の誘うような顔つきを見て若殿に
「あの二人、なんか怪しいですよね。デキてるんですかね?」
「まったくお前は。まだ子供なのに、下世話な事に鼻が利くな。」
と若殿があきれる。
・・・ふんっ!若殿の方が鈍感すぎるんだ!だからいまだに宇多帝の姫にしか相手にされないんだ。
「でも橘昌様は怯えてたように見えたが?艶っぽいことがあるというよりも。」
と若殿が言う。
私はそうなの?と思ったがビワを一生懸命むいてほおばっていると、中納言が雑色を連れてきて
「彼は虎目という雑色です。虎目は紛失した石について知っていることがあるそうで」
虎目は二十代半ばのつばを飛ばしながらしゃべる男で、
「あの石は呪われているんですっ!」
と興奮気味につばを飛ばした。
若殿と私は一緒に
「どういうことです!?」
「あの石は一年ほど前、主の友人が珍しいからといって持ってきたのですが、主と話し込んでいる最中に胸に癪をおこして倒れて死んでしまったのです。」
中納言は驚いて
「何っ!あの時の石か!縁起が悪い。なくなってよかったぐらいじゃ。なぜ今まで残しておいた?」
虎目は得意げに
「ただの石でも使えると思って取っておいたのです。現に庭師が使いました。」
若殿は
「でも中納言のご友人がなぜ珍しいと言ってただの石を持ってきたのでしょう?実は貴重な石だったのでは?」
というと、虎目がギクリとしたように見えたが、慌てて
「いえいえ!普通の石でしたよ。形が玉子型というほかに何の特徴もない。」
私は『なんだかみんなちょっとずつ態度がおかしいんだよなぁ~~』と思った。
若殿が中納言に向かって
「本当にご友人は石について何もおっしゃらなかったんですか?」
中納言は思い出そうと考えていたが
「確かに唐渡の珍しい石と言っていた気もするが、何がどう珍しいとは言う前に癪がおきてしもうた。」
と謎めいている。
「見た目もただの石じゃったし、わしには何の価値もわからんかったので、ほおっておいた。縁起が悪いからもっと前に捨ててしまえばよかったな。」
とぼそっと付け足した。
虎目もなぜか慌てて
「そうですとも!あんな呪いの石は無くなったほうがせいせいします。よかったですねぇ。」
とニコニコと同意する。
私はみんなの態度のわけがわからずモヤモヤしたので若殿に
「若殿、結局、なくなった石は貴重なものだったんでしょうか?ただの石だったんでしょうか?それとも呪いの石なんでしょうか?貴重なものならなぜ中納言や庭師は気づかなかったんでしょう?」
若殿はしばらく考え込んだが、
「石が目的じゃなく、石の下・・・には何もなかったし、石を道具にしてなにかをするとか、石を重しにして何かを池の底に鎮めるためだとか・・・」
「漬物石にするため?とかですか?じゃあ中島にとりに行かなくてもいいですよね。手近な石ですれば。」
「中納言の友人が死んだのが石のせいで、その犯罪の証拠だから消したかったとか。」
「犯人がですか?ならなぜ一年待ったんですか?すぐに持ち去ればいいし、せっかく病死だと判定されたのに、いまさら証拠を消そうなんておかしいですよ。」
若殿は黙り込んだ。
・・・完全に論破してしまった。
(後編へ続く)