表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/369

多勢の豚(たぜいのぶた) 後編

廉子女王(やすこじょおう)様のお使いと名乗る侍女は

「あの~~私、姫様宛の恋文に興味がありまして、中身を見てしまいましたの。そして毒の話を伺って怖ろしくなりまして解毒剤をいただきたいと思いまして。」

若殿(わかとの)は私に向かってニヤリとして

「な?」

お使いの侍女に向かって

「何人分ですか?」

侍女はえ?という顔をして

「一人分ですわ」

「中身はどんなものでしたか?見たんでしょう?」

侍女は思い出すようにそして違和感を感じたように

(まつりごと)にかかわると姫様に(うかが)ってましたが、私が見たものは恋の歌でしたわ。どうして恋の歌が(まつりごと)に関係あるのでしょう?」

私と若殿(わかとの)は訳が分からず顔を見合わせた。

「それよりも!解毒剤を早く頂きたいですわ!」

と侍女が焦るので、若殿(わかとの)は私に『水を持ってこい』と耳打ちした。

私が水を侍女に渡すと侍女がそれを飲み干すのを待って、

「本当にあなただけが中身を見たんですね。廉子女王(やすこじょおう)様は見ていないという事ですね。」

と侍女に確認し、やっと納得した。


 侍女は礼を言って帰ったが、私には疑問がたくさん残った。

荘園目録(しょうえんもくろく)じゃなくて恋の歌だったと言ってましたが、なぜですか?あの侍女が荘園目録(しょうえんもくろく)を隠し持ってるんですか?それならなぜ恋の歌だったなんて嘘をつくんですか?」

「解毒剤を一人分しか必要とせず、しかもその場で飲み干したという事はあの侍女だけが文を触ったということだから、荘園目録(しょうえんもくろく)を隠すとしたら彼女だけだ。」

伴鮫雄(とものさめお)様が荘園目録(しょうえんもくろく)を持っているという疑いは完全に消えたんでしょうか?」

廉子女王(やすこじょおう)様の侍女が勘違いして別の恋文をみて、荘園目録(しょうえんもくろく)はそのまま(ともの)殿の手に渡った場合は考えられるが、護衛を求めなかったことから、どちらにしても(ともの)殿は何も見ていないだろう。」

廉子女王(やすこじょおう)様の侍女が荘園目録(しょうえんもくろく)を隠しているならなぜ返すように言わなかったんですか?」

若殿(わかとの)は考え込んだが

「いや、廉子女王(やすこじょおう)様の侍女は嘘をついておらず、すべてを説明できる仮説が一つだけある。」

「えぇ!それは何ですか?」

「それは・・・」

私は緊張して次の若殿(わかとの)の言葉を待っていたがそこへ大殿(おおとの)が現れた。

太郎(たろう)荘園目録(しょうえんもくろく)を回収できたのか?」

大殿(おおとの)はなぜか面白そうに尋ねる。

若殿(わかとの)はこちらも口の端をゆがめて笑い

「ないものは回収できません。」

「どういうことだ?」

伴鮫雄(とものさめお)殿が燃やしてしまったと言っていました。」

大殿(おおとの)は満足そうにうなずいて

「それなら仕方がないな。ご苦労だった。」

とねぎらい、立ち去ろうとすると

「父上、一つ聞きたいことがあります。」

若殿(わかとの)がうつむき加減で視線を合わさず大殿(おおとの)に尋ねると、大殿(おおとの)が立ち止まり振り返ったが同じく視線を合わせず

「何だ」

「良心に呵責(かしゃく)はありませんか?私は父上を信じてよろしいのですか?」

「いざとなったらわしがお前を助けてやるから信用しろ。我が子を悪いようにはせん。」

「承知しました。」

若殿(わかとの)はいつになく真剣な顔をしていた。

私は二人の会話の意味が分からずキョトンとしていたが、どうやら『すべてを説明できる仮説』に関係がありそう。


 若殿(わかとの)に勢い込んで

「一体、荘園目録(しょうえんもくろく)はどこにいったんですか?大殿(おおとの)が関係してるんですか?」

というと、若殿(わかとの)

「そうだ。父上がわざと荘園目録(しょうえんもくろく)を隠し、恋文の複製を作り、(ともの)殿の恋文とすりかえ、(ともの)殿の恋文を帝に提出したのだ。」

「なぜ?大殿(おおとの)はそんなことをしたんですか?」

「考えられることは、父上がその荘園目録(しょうえんもくろく)をすぐには帝に提出したくなかったからだ。そこには父上に不都合なことが書かれてあった。」

「例えばどんなことですか?」

「例えば我々藤原家の所有する荘園をあわせて、租税で表した額が、皇族全体のそれの額を上回っていたとしたら?帝はどうお思いになるだろう?我々から荘園を取り上げる仕組みを考えようとなさるかもしれない。」

私も思いついて

「そして藤原家が地方貴族や富豪農民から荘園の寄進を過剰に受けていると疑われたりするということですか?」

「そう。そうでなくても太政官(だいじょうかん)()を発行して認めた免田(めんでん)(*税金を免除された田)の増加は政府の税収を減少させるからな。」

大殿(おおとの)が符を発行して免田を作り、その見返りに免田を寄進されていることで関白といえども糾弾されるという事ですか?」

「いや。それを罰する法律は今のところない。だから、父上が罰せられることはない。ただ、我々の私腹が肥える一方で、政府の税収が減少し、民が窮乏するという道徳的な悪があるだけだ。」

若殿(わかとの)は苦渋の表情を浮かべた。

私は朝廷随一の権門(けんもん)・藤原家の太郎(たろう)君でありながら、大殿(おおとの)の事を無批判で受け入れるほど、若殿(わかとの)は道徳的に堕落(だらく)していないのだなぁと思った。

ただ、その潔癖さは普通の人間には疎ましく、傲慢(ごうまん)に見えるかもしれないなぁとも思った。

だって、誰だってラクして自分の財産が増えることを願っているし、毎日お腹いっぱいに食べて、明日の食べ物の心配もない暮らしをしたいはずだ。

若殿(わかとの)が道徳的に正しくいられるのは、大殿(おおとの)が悪いことをしてでも精いっぱい働いて、今の地位を築いたおかげだし、そんな正義感は空腹を味わったことのないお坊ちゃん貴族の道楽だと思う人もたくさんいるはず。

若殿(わかとの)の正義感の真価が問われるのは若殿(わかとの)太政官(だいじょうかん)となった未来だ。

果たして私腹を肥やすことより、民のことを優先できるのだろうか?

私は若殿(わかとの)の未来を楽しみにすることにした。


 私は『あれ?』とあることに気づいて

「でも、大殿(おおとの)はなぜ荘園目録(しょうえんもくろく)をわざわざ若殿(わかとの)に準備させたんですか?自分で白紙でも持っていけばいいじゃないですか?」

「そうだ。そこが父上の慎重なところさ。私に準備させ、私が回収できないとなれば、父上には何の落ち度もない。」

荘園目録(しょうえんもくろく)がすぐに提出できないのを若殿(わかとの)のせいにするためですか!」

だから『信じてよろしいのですか』という会話!

大殿(おおとの)深慮遠謀(しんりょえんぼう)と我が子すら手駒(てこま)として使うという非情さに舌を巻いた。

『もしかして伴鮫雄(とものさめお)様に文を燃やすようにと大殿(おおとの)が命じたのか?』とすら疑った。

廉子女王(やすこじょおう)様を若殿(わかとの)にしきりに進めてたのも大殿(おおとの)の根回しの匂いがする。


「じゃあ大殿(おおとの)は、作り直した荘園目録(しょうえんもくろく)には藤原家の荘園の数を減らす細工をするということですか?そんな悪事を見過ごすんですか?」

若殿(わかとの)に強く出ると若殿(わかとの)は半ばあきらめたような、苦しそうな表情で


「父上を責めることは・・・できない。

汚い飯を作って食う父上が豚だというなら、それを食って育った私も豚なんだ。」


と言った。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

権門勢家(けんもんせいけ)の勢家は「多勢之家」という意味だそうです。

時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ