憐憫の獄卒(れんびんのごくそつ) その2~刑部省の大判事、部下のうっぷんを晴らす手伝いをする~
はぁっ???!!!
一家惨殺っ???!!!
「物音を聞きつけた使用人が、妻と子供たちが眠る対の屋に足を踏み入れると、格子、帷や衝立、屏風、几帳といったそこらじゅうが血に染まり、衣も畳も床も血の海だったらしい。妻のそばに凶器とみられる刀が落ちていて、全身に血を浴びた朱が座りこみ、項垂れ泣き叫んでいたらしい。」
血の海の中に横たわる自分と同じくらいの子供たちの血まみれの姿や、大奥様ぐらいの背格好の女性の頸から鮮やかな赤色の血がドクドク噴き出してるさまを想像して、
ゾッ!
背筋が凍り付き、ゴクッと息をのんだ。
「なぜ、朱はいきなり妻子を殺したんですかっ??!!不満があったとか、揉めてたとかっ?!!」
巌谷が深刻な顔つきになり首を横に振り
「話はこの惨殺事件の数日前にさかのぼるが・・・・・」
ちょうどその時、出居に姿を現した若殿が
「お待たせしました。出かけましょうか?」
あぁっっ!!!!
いいところでっっ!!!
思わず
「ダメですっ!!最後まで話を聞きましょうっ!!若殿も座ってくださいっ!!」
狩衣の袖を引っ張り、巌谷の隣に無理やり座らせ、不満顔の若殿を引き留めた。
巌谷が続ける
「朱は常々、獄舎に収監された反抗的な囚人たちを、殺さない程度に拷問していた。
囚人は判決で笞刑(鞭打ち)や杖刑(棒打ち)を受けることがあるといっても、規定の常行杖に違反した場合や受刑者に対して重傷を負わせたり死に至らしめた場合には執行者が処罰されるため、朱は密かに拷問していた。
鞭打ち、棒打ちの他、爪を剥いだり指の骨を折ったり、特に中年女性が罪人だった場合、拷問は執拗になり、髪の毛を引き抜く、衣で隠れた部分に刃物で傷をつけるなどでいたぶり、それに気づいた物部(刑罰の執行などに当たった下級職員)たちに指摘されれば、火がついたように怒って、その物部を打擲するという出来事が度々あったらしい。」
若殿がムッとしたように
「なぜそんな不良役人が罷免にならないんだ?」
巌谷が肩をすくめ
「人材がいなかったんでしょう。囚人相手の『獄卒(様々な責め苦をもって亡者を苦しめるとされる地獄の鬼)』など普通なら誰もやりたがりませんから。」
加虐嗜好のある人にはピッタリの役目?
でも必要以上の刑罰は、囚人に反省を促すという本来の目的から外れるからダメ?
巌谷が
「その残忍な朱を部下の物部たちが懲らしめようとして、話を持ち掛けたのが、大判事・張だ。」
「私的に拷問してるのがバレたんですか?朱はクビになったんですか?」
「いいや。クビにするほどの度胸は無かった物部たちは張に相談して、地獄の鬼のフリをして朱を脅してもらうように頼んだんだ。」
はぁ?
いくら張の容貌が鬼に似てるからって、そんなのすぐばれるでしょ?!!
細めた白~~~い目で巌谷を見つめ
「子供だましですよぉ~~~!いくらなんでも人と鬼の区別はつくでしょっ!ビビるわけないですよぉ~~!」
巌谷が目をつぶりウンウンとゆっくり頷きながら、
「ところが、意外な事に、張が言うには
『承知しました。ですが、鬼の真似をしただけでは、朱は驚きますまい。冥府の役人からこんな召喚状をもらってきたと目の先へつきつけたら、朱は信じるでしょう』
と答え、物部は困って
『冥府からの召喚状なんて誰も書式を知りません。どうやって作るんですか?』
『私が知ってます。紙と白礬(天然のミョウバン)を用意してください』
物部が用意すると、張は紙に白礬で細かい文字を書き付けた。」
フムフム。
本物っぽいな。
「で、どうしたんですか?」
「噂では、張に冥府からの召喚状を突き付けられ、『囚人への拷問をやめるよう』諭されると、張の体格や迫力に驚き、怯えたものの、張が立ち去ると朱はケロッとして次の日にはいつものように囚人を拷問してたらしい。」
「はぁ?肩透かしですねっ?!!効果が無かったんですか!」
巌谷は一段と声を低くし、ボソボソ呟くように
「ここからは、嘘か本当か分からん話だがな、朱の使用人が妻戸の隙間から確かに見たと証言した。
『張が朱を脅した事件から数日後、家の者が皆寝静まった真夜中、
ドンッドンッ!!ドスンッ!カンッカッ!
ううぅっっ!!!
ぅわぁーーーっっ!!!
唸り声からの叫び声と、格子や屏風に何かを打ち付ける音や、床をドンドン踏み鳴らすただならぬ物音がした。
(その3へつづく)