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憐憫の獄卒(れんびんのごくそつ) その1~竹丸、血なまぐさい噂を耳にする~

【あらすじ:時平様と懇意の弾正台の役人から聞いた話は、眉唾だけど、やるせない気持ちになる。生きるだけで価値があるってホント?時平様は今日も慈悲深い憐憫と残忍な現実のはざまで苦悩する。】

私の名前は竹丸(たけまる)

歳は十になったばかりだ。

平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る(いちばんえらいひと)関白太政大臣・藤原基経(ふじわらもとつね)様の長男で蔵人頭(くろうどのとう)右近衛権中将うこのえごんのちゅうじょう藤原時平(ふじわらときひら)様に仕える侍従である。

 私の直の(あるじ)若殿(わかとの)・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。

宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。

若殿(わかとの)いわく「妹として可愛がっている」。

でも姫が(から)むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。

従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。

今回はバタフライ効果って気にしてたら何もできないですよねというお話(?)。

 この話は、いつのことだったか、弾正台(だんじょうだい)の役人・巌谷(いわや)が、若殿(わかとの)に事件の捜査を依頼しに関白邸を訪れたとき、若殿(わかとの)が支度するのを待つ間の暇つぶしとして、相手をしてた私に語ってくれた話である。


 東の対の屋の出居(いでい)で並んで座り庭を見ながら、罪人が逮捕された後の行く末をいろいろ聞き出していると、巌谷(いわや)が太い眉の下の目をギョロッとさせ、


「罪人は逮捕されたあと、刑部省(ぎょうぶしょう)判事(はんじ)によって、律令の条文を基に裁かれるが、その大判事に昔、面白い男がいてなぁ。」


不用意に『面白い』などと口走るのは笑いのハードルを無暗(むやみ)に高くするだけで何の得も無いし、どーせ大して面白くないんだろ~~!と思いつつ細~~い横目で見ながら


「何ですか?どう面白いんですか?」


巌谷(いわや)は私が食いついたと思ったのか得意満面で


「あれは、確か、冥府で閻魔(えんま)大王の裁判を補佐したと噂の小野篁(おののたかむら)が存命のころの話だと聞いた。」


「何だ~~!もう四十年以上も前の話でしょ?・・・・一応聞きますけど。」


巌谷(いわや)は肩をすくめ、


「まぁ、そうだ。面白くないかもしれんが、その大判事・(ちょう)という人の顔が大層、鬼に似ていたらしい。」


ん?

鬼?

といってもどうせ~~~


「チョット目つきが悪いとか、顔が赤ら顔だとか、怒りっぽいだけでしょ?」


巌谷(いわや)が首を横に振り


「いいや。髪を結う役目の侍女の口から漏れた噂によると、(ひたい)の上、髪の生え際より少し後ろに、左右二カ所、髪の生えてない禿(はげ)があり、そこがたんこぶのように少し盛り上がっていたらしい。」


鬼の(つの)っ??!!

二本のやつ?!!

ちょっと興味を引かれたが、無関心のフリをして


「でもぉ~~、偶然二カ所をぶつけてたんこぶができただけかもしれないでしょぉ~~!」


巌谷(いわや)はニカッと大きく口を開けると、自分の八重歯(やえば)を指さし


「いいやっ!それだけじゃない、(ちょう)にはなんと、八重歯(やえば)が長く伸びた(きば)が生えてたらしい!」


少し目が輝いたけど、何食わぬ顔で


「そういう身体的特徴は本人も悩んでるかもしれないし、鬼とか言うのは可哀想ですよ。」


巌谷(いわや)はグッと顔を近づけ、私に『うっとぉしいなぁ~~』という気分にさせ、


「何より決定的なのは、七尺(210cm)に迫ろうかというほど体が大きく、顔もゴツゴツ角ばって、エラが張り、頬骨がでて、天狗のような鼻、太い眉、鋭い目つき、いつも酒に酔ったような赤ら顔、筋骨隆々の誰がどう見ても立派な『鬼』そのものだったそうだ。」


う~~~ん、まぁ・・・・。

そこまで言うならいったん認めてあげよう。


「へぇ~~~。そうですか。でもその人が刑部省(ぎょうぶしょう)の大判事だからどうだって言うんですか?」


巌谷(いわや)は腕組みし


「その人は鬼のような見た目に反して、中身は清廉潔白・品行方正・公明正大な人柄で、皆に慕われていたらしい。

だがおなじ刑部省(ぎょうぶしょう)の役人でも獄舎を管理する囚獄司(しゅうごくし)長官(トップ)である囚獄の正(ひとやのかみ)(しゅ)という男がいてな、そいつは獄舎に収監された囚人を拷問するのが楽しみだと噂されたぐらい、部下にも囚人にも当たりが強く、嫌われていた。」


「そういう人は鬼のような容貌じゃない、とかですか?」


ウンと頷き


「そうそう。色男を絵に描いたような人物だったらしい。二十代半ばで安定した地位を手に入れ、美しい妻子にも恵まれ、私生活に不満はなさそうだったのに、なぜか、時折狂ったように暴れだす悪癖があった。」


ん?

ということは


「何か事件があったんですか?」


太い眉を寄せ、ギョロッと睨む目を輝かせ


「ああ。その色男で残虐な囚獄正(ひとやのかみ)(しゅ)がある夜、屋敷で、眠っている自分の妻と三人の子供に突然切りかかり、滅多(めった)刺しに惨殺してしまったんだ。」

(その2へつづく)

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