雲隠の追儺(くもいがくりのついな) その5~時平、更衣の行方を突きとめ、異変の原因を解き明かす~
黙って歩く若殿についていき、内裏の門を出たあたりで
「これからどこへ行くんですか?璋那更衣の居場所が分かったんですか?」
「弾正台を訪ねて、身長が六尺三寸(約190センチメートル)以上の、大晦日の夜に方相氏役を務めた男を探すように依頼する。おそらくもう京を出ているだろうが。下総国への道中を探せば見つかるかもしれない。」
はぁ?
どーゆーこと?
「えぇっ?その方相氏が璋那更衣を誘拐したんですか?方相氏役で内裏や大内裏を歩き回ってたのに、いつそんな時間があったんですか?追儺の前に攫ってどこかに隠してたんですか?なぜっ??!!!」
「父君の任国先の下総国で二人は出会い、将来一緒になることを誓ったんだろう。入内直後の疫病騒ぎも帝のお召しを嫌がってのことだ。チャンスさえあれば内裏を抜け出そうとしていたが、追儺で男が方相氏に選ばれ、下総国から上京したことを利用して宮中を抜け出したんだ。」
「ってことは、夜中に自分から宮中を抜け出し、洛中のどこかで待ち合わせたんですか?そんなに簡単に内裏って抜け出せるもんですか?」
若殿が首を横に振り
「いいや。兵衛が門を見張っているから簡単には内裏を抜け出せない。於小奈が協力したんだ。」
「どうやって?門番に菓子をあげて、その中の眠り薬を飲ませるとかですか?下剤を盛るとか?」
若殿は眉を上げ面白そうに
「もっと簡単だ。大舎人寮から衣装を一人分盗んで璋那更衣に渡して着替えさせただけだ。
六人の侲子うちの一人が璋那更衣だったんだ。
素足に草履をはいていたから、寒そうだと思って何気なく足元を見ていたが、ひとりだけ赤い蝶々のような痣があったことを覚えている。全員、子供だと思って見ていたから帝もお気づきにならなかったんだろう。後宮の女子たちは追儺の儀式に参加していなかったし、貴族は璋那更衣に会う機会はなかったから顔に見覚えがなくても不思議ではない。私も璋那更衣の顔は知らなかった。」
ひぇ~~~~!
大胆な人っ!!!???
フツーの女子は扇で顔を隠して人と会うのに、衆人に顔を曝してしかも侲子のフリして内裏から抜け出すなんて!
ってそもそも駆け落ち?
捕まったら重罪じゃないの?!!!
「じゃあ、陰陽師の志茂岳もグルだったんですか?異変を起こして駆け落ちしやすくなるよう手伝ったんですか?」
若殿がまた首を振り
「いいや。志茂岳は呪術能力をでっちあげるために、供物に白蛇、床下に鼬を仕組んだだけだ。帝に陰陽師を解任される前に能力を示そうとしたんだろう。」
「雨の予言は当ててましたよっ!」
「あれは、昼間、青空に巻雲が出てたのを見て半日以降に雨が降ることを知識として知っていたんだ。予知でも何でもない。」
でもぉ・・・!と拭いきれない疑問をぶつける
「白蛇と鼬が都合よく動きますかね?動物って我がままですよぉ~~!」
「篝火で酒壺を熱すれば温かくなって白蛇は動き出すし、痺れるなど動けなくなる毒を、儀式開始に合わせて動ける量に調節して鼬に喰わせておいて、目覚めた鼬が都合よく走り出したんだろう。」
へぇ~~~!
陰陽師って仕込みが大切なのね?!!
すっかり感心した。
「でも、璋那更衣は駆け落ちが帝にバレたりしたら、残された父君の飯高定宗や家族に迷惑がかかると思わなかったんでしょうか?出世どころじゃなくなるでしょう?『育て方が悪いっ!』とか責められたり朝廷でも白い目で見られるだろうし。」
若殿は真面目な顔つきになり、弾正台へ向かう足を止め、ピタリと立ち止まった。
「もしかして・・・そこまで考えていたのか?」
と呟いたあと、方向を変え大内裏の朱雀門に向かってスタスタと歩き出した。
はぁっ???
弾正台はこっちですよっ!!
よっぽど声に出そうと思ったけど、サッサと歩く若殿に、チョコチョコ小走りでついていき
「あれ?帰るんですか?弾正台へ行かずに?璋那更衣を探さないんですか?」
それには答えず、朱雀門をさっさと通り抜け、大内裏の外へ出た。
歩きながら若殿が
「璋那更衣について誰かに訊かれたらこう答えるんだ。
『彼女は本当に疫病神に憑りつかれていて、追儺の儀式で、宮中の疫鬼とともに京外へ追い払われた』と。
そうすれば、駆け落ちしたふしだらな更衣じゃなく、追儺の儀式で疫鬼に連れ去られた可哀想な更衣として、人々の記憶には残るはずだ。
飯高定宗や家族は同情されたとしても、非難されたり責められる事は無いだろう。」
ポツリと呟いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
節分として現在まで風習が残っているという事は、鬼が家の中にいて一年ごとに追い払おう!という感覚は千年前の人と共通ってことで、そう思うとスゴイですよね!
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。