雲隠の追儺(くもいがくりのついな) その4~雲隠れ更衣、入内の経緯が明かされる~
温子さまが目を輝かせ
「異変?何ソレ?面白そうっ!!何があったの?!!兄上っ!教えてちょうだいっ!!」
追儺の異変を知らなかった温子さまはテンションが上がり女御然とした態度を忘れ、前のめりに説明を求めると若殿がザッと話した。
温子さまが
「ふ~~~ん。じゃあ璋那更衣の失踪?誘拐?は凄腕陰陽師・志茂岳の式神の仕業?または宮中に潜んでいた疫鬼や邪鬼のせいかもしれないの?あっ、伊勢っ!今の話を面白おかしく味付けして宮中に広めちゃダメよっ!」
少し離れた横に控えてた女房・伊勢に言いつけた。
・・・けど、それって逆に『面白い噂を流せ』ってコト?
『押すなよ~~~!』って言えば『押せ』って意味だよ!みたいなやつ?
伊勢はニッコリと含み笑いして温子さまに頭を下げた。
弘徽殿を退出した我々は次に璋那更衣の在所だった淑景北舎を訪れた。
璋那更衣のお付きの於小奈という女房に帷や御簾で区切った房に案内され話を聞くことができた。
若殿が
「璋那更衣の失踪直前、最後に姿を見たのはあなたですか?」
於小奈は大きくうねった黒髪が特徴の頬のふっくらとした全体的にぽっちゃりとした女性。
目の下に隈ができてて、憔悴してるみたい。
ハイと頷き
「寝所でお休みになるとき、『新年のおめかしが楽しみですわね』などと言葉を交わしたのが最後です。」
「帝が入内を所望なさった経緯は?」
「それは、もう、三年前になるかしら?ご即位前のことですが、主上が狩りの最中に腕に怪我を負われて、手当てのために姫様の父君の別荘にお立ち寄りになったのです。そこで父君である飯高定宗さまが姫様に引き合わせ、主上が見染められ、一年前に入内という運びになったのです。」
「事情に詳しいという事はあなたは璋那更衣の乳姉妹ですか?」
「はい。姫様がお生まれになり、私の母が乳母となったときからずっと一緒におります。」
「ふむ。姫様の失踪の原因に心当たりは?」
於小奈は俯き黙り込んだ。
沈黙したままなので若殿が明るい声で
「父君の飯高定宗さまと言えば、何度も国守を務めておられる方ですね?あなたもお伴したんですか?」
於小奈の顔がパッと明るくなり
「そうです!姫様の入内前は下総国の守を務められたんですの!わたくしも姫様のお伴をして下総国へ下りました。鄙びたところでしたが、山や海で採れた食べ物は美味しゅうございました。
姫様の物怖じしない、さっぱりとした性格は東国の野山を駆け回り体力を培ったおかげですわ!
体格だけは立派でも言葉遣いも知らぬような粗暴な者ばかりでしたが、中には都の公達にも劣らぬ風采も気立ても良い東漢もおりました。特に背の高い、筋骨逞しく見目麗しいものには、姫様もわたくしも心を奪われて・・・・」
ハッ!と喋りすぎたことに気づいたように於小奈は口をつぐんだ。
若殿は目を細めて見つめ
「璋那更衣は京の姫たちとは違い、体力は充分で健康だったにもかかわらず、入内直後、疫病に侵され床に伏したんですよね?」
於小奈がゴクリと息をのみ
「そ、それは・・・・、そうですが、わたくしも、姫様も数日間、床に伏しはしましたが、それ以降は別に、何の問題もありません!噂にあるような疫病神に憑りつかれているなどっ!決してありません!根も葉もない中傷ですっ!!」
若殿が眉根を寄せ、睨み付け
「璋那更衣は帝のお召しが無いことを気に病んでましたか?」
於小奈がまたゴクリと喉を鳴らし
「い、いいえ!気にしても仕方のないことだと仰り、落ち込むようなことはありませんでした。」
う~~~ん。
大殿なら『帝の寵を競うのが妃嬪の仕事だ!』とでも言いそうだけど、その辺、父君の飯高定宗はおっとりしてるの?
三年前と言えば、帝の父君が光孝天皇であらせられた時期かぁ。
そのころはまだ臣籍であった源定省さまを、将来の帝と見越して?の賭けなのか、単に気に入ったのか、どちらにしても元皇族に息女を引き合わせたということは結婚させて出世の足掛かりにしようと目論んだのなら、権力欲はあるだろうし。
まぁ、飯高定宗にしてみれば息女が入内しただけでも大成功!なのかも。
若殿がサッと立ち上がり
「ありがとうございました。璋那更衣の行方は必ず付きとめることができるでしょう。」
言い放つと於小奈の顔色が一段と悪くなり、俯いて唇をかみしめたように見えた。
若殿が立ち去ろうと背を向けて歩き出したと思ったらピタリと足を止め、
「あっ!一つお聞きしたいんですが・・・」
振り返りながら於小奈に話しかけた。
於小奈が顔を上げると
「璋那更衣のお顔は似顔絵を弾正台に出向いて作っていただくとして、他に身体的な特徴はありますか?もし死体で発見されたとき見分けられるような。」
於小奈がためらいつつも指を唇に当て考えたあと
「そうですわね。左足首に、よく見ればわかるぐらいの蝶々のような赤い痣があります。一寸(3cm)ほどの大きさの。」
若殿はニヤっと片方の口に笑みを浮かべ、クイッ!と顎で合図するので、私も一緒に淑景北舎を立ち去った。
(その5へつづく)