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雲隠の追儺(くもいがくりのついな) その3~弘徽殿の女御、証言す~

若殿(わかとの)が続けて


「その後、方相氏(ほうそうし)侲子(しんし)が登場し、まず方相氏(ほうそうし)儺声(だせい)(悪鬼を食う神の名を呼ぶ声)を作って矛で盾を打つ動作を三回行った。その後、群臣が相承(そうじょう)して声をあげて悪鬼を追いはらうという段取りだ。この時にも異変が起きた。一匹の獣が宜陽殿(ぎようでん)の床下から、素早く走り出し、南庭を横切り校書殿(きょうしょでん)の床下に潜り込んだ。(いたち)ぐらいの大きさだったかな。」


獣が走り出したの?

追い払われた鬼の化身?


私の記憶では方相氏(ほうそうし)は特別な金色の四目(目が四つある)の仮面をかぶり()衣、白袴、(しとうず)(靴下)に(くつ)を身につけ、盾と矛を持つという格好。


「たしか侲子(しんし)という良民の子供が方相氏(ほうそうし)の後をついていくんですよね?」


若殿(わかとの)はウンと頷き


「そうだ。侲子(しんし)は六人はいたかな。(こん)色の水干に白い括り袴、草履を身につけ、下げ角髪(みづら)に赤い鉢巻きをしてた。素足が寒そうだったな。桃弓、(あし)矢、桃杖、砕瓦、碎瓦、松明(たいまつ)を持っていた。彼らは方相氏(ほうそうし)が鬼を追い払うのを手伝う役割だ。方相氏(ほうそうし)役として毎年、東国から身長が六尺三寸(約190センチメートル)以上の者を差し出させているから、邪鬼を(おど)かして追い払う異形の者として充分な迫力があったな。今年は下総(しもうさ)国から上京したらしい。」


金色の四目という異形の仮面をつけた六尺三寸の大男が、野太い声で疫鬼(えのかみ)魑魅魍魎(ちみもうりょう)を怒鳴りつけ、矛で盾をガンガン打ち鳴らすと、ブルブルとすくみあがった鬼たちがビクビクしながら、暗闇の中を逃げ惑う様子が目に浮かんで、


『いいなぁ~~見たかったな~~!』


とすっかり羨ましくなった。


方相氏(ほうそうし)侲子(しんし)たちと松明をもった大舎人(おおとねり)たちが、帝のおられた南殿から、渡殿で続く東隣にある清涼殿(せいりょうでん)の庭を渡って北門からでて、内裏四門(建春門(けんしゅんもん)宜秋(ぎしゅう)門、建礼(けんれい)門、朔平(さくへい)門)を一巡して悪鬼を追い払い、さらに大内裏の宮城十二門をまわって悪鬼を追い払ったはずだ。その後、京職官人が京師(けいし)外まで追い払う。私は帝に伺候(しこう)していたので清涼殿(せいりょうでん)の庭を渡ったところまでしか見ていないが、このときちょうど風が強くなり雨が降り出したんだ。志茂岳(しげおか)の予言通りに。」


う~~~ん。

じゃあ志茂岳(しげおか)の予言能力は本物?

怪異の三つ目ってこと?


 次に、若殿(わかとの)は内裏の東端の南北中央にある温明(うんめい)殿を訪れ、そこに詰める内侍(ないし)弘徽殿(こきでん)へ案内してもらうように頼んだ。

いよいよ内裏の殿上に足を踏み入れた瞬間、ドキドキして


『これで私も殿上人かぁ~~~!』


悦に入ってると、チラっと私を見て若殿(わかとの)がボソッと


「『殿上人』は清涼殿(せいりょうでん)殿上間(てんじょうのま)に昇殿を許された貴族を指す。お前や大舎人(おおとねり)が所用で殿上する場合は違うぞ。」


弘徽殿(こきでん)若殿(わかとの)の妹君の藤原温子(ふじわらよしこ)さまが(たまわ)り、彼女は『弘徽殿女御(こきでんにょうご)』と呼ばれてる。

南北に長い殿舎の東(ひさし)若殿(わかとの)が座り、御簾は巻き上げられていて、金箔が張られ牡丹や鳥が描かれた屏風を背に、一段高い御座(おまし)にお座りになった温子(よしこ)さまと若殿(わかとの)は対面した。

私は若殿(わかとの)の後ろに控えた。

流石(さすが)に帝の妃の住まいだけあって、黒漆塗りに蒔絵や螺鈿が施されている二階棚(にかいだな)厨子棚(ずしだな)、鏡箱、手箱、脇息(きょうそく)まで黒光りして金や虹色にピカピカしてる。

豪華な調度品に目を奪われていると、若殿(わかとの)が扇を顎に当て、ボソッと


「大晦日の夜、淑景北舎(しげいほくしゃ)にお住まいの更衣さまが失踪されたことについて何か知ってらっしゃいますか?」


温子(よしこ)さまは一見すると若殿(わかとの)とあまり似ていないが、顎のくっきりと尖ったところは似ている。

目元が若殿(わかとの)よりもさらに切れ長で冷たい印象で、じっと見つめられるとこっちの考えを見透かされているようで怖い。

一言で言うと切れ者って感じがする。


温子(よしこ)さまが扇で口元を隠しながら、それでもチャキチャキとした鋭い声で


璋那(しょうな)更衣でしょ?帝が皇籍復帰なさるまえ、源定省(みなもとさだみ)さまであらせられた頃、ある貴族の屋敷に偶然逗留されたおりに見初(みそ)められた女子(おなご)だと聞いております。ですのに、更衣として後宮へ召し上げられた(のち)はなぜか冷遇なさっているとの噂です。」


若殿(わかとの)は少し眉を上げ、興味を示し、声を低くして


「あなたの推測では何が原因ですか?」


温子(よしこ)さまは考え込むような険しい顔つきになり


「そうですわね。女房達の噂によると、璋那(しょうな)更衣は入内(じゅだい)直後、疫病に侵され数日間寝込んでいらっしゃったらしいの。そば仕えの女房は感染したらしいのですが、そのことが公にならないよう、緘口令(かんこうれい)()いたせいで最近までその情報は洩れなかったようです。そうしたら口さがない人々が『璋那(しょうな)更衣は疫病神に憑りつかれている』と無責任な事を言いたてたのです。そのことが主上(おかみ)に伝わったのかどうかは存じませんが、入内(じゅだい)以降、お召しがあったのかすら判然としません。」


う~~~ん。

変な噂をたてられ帝に嫌われてお召しも無いとすると、逃げ出したくなったのかな?

それとも、本当に疫病神に憑りつかれているなら、追儺(ついな)の儀式で疫鬼(えのかみ)と一緒に追い払われた?

もしくは、帝が密かに人を()って内裏から里へ帰したとか?

あっ!それともっ!

志茂岳(しげおか)は呪術力に長けた陰陽師なら、式神を使って誘拐させ連れ去ったとか?


思わず若殿(わかとの)に向かって


追儺(ついな)のときに異変が起きたのは、璋那(しょうな)更衣の災難を志茂岳(しげおか)が予知して、式神が警告を出してたからじゃないですか?!」

(その4へつづく)

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