雲隠の追儺(くもいがくりのついな) その1~追儺の夜、更衣失踪す~
【あらすじ:大晦日の夜に、宮中の疫病鬼や邪鬼を追放するために行われる『追儺の儀式』で、異変が相次いだ。敏腕陰陽師が取り仕切り、立派な風格の方相氏や可愛らしい侲子たちに任せておけば、順調に内裏から鬼を追い出せて、新しい年を気持ちよく迎えられたはずなのに、更衣さまの失踪という大事件が発覚。更衣さまの失踪は、疫病鬼のせいなの?それとも陰陽師の式神のせい?それとも他の原因?時平様は今日も『鬼狩りのために鬼と化す』には優しすぎる!】
私の名前は竹丸。
歳は十になったばかりだ。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭兼右近衛権中将・藤原時平様に仕える侍従である。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は方相氏はそもそも本物の鬼を脅かすために異形の仮面をつけたせいで、のちのち鬼とみなされたらしいですが、暴力団対策係の警察がそれっぽくなりやがてそうなる(?)のと似てる?というお話(?)・・・ではないです。
大晦日だった昨夜からの霙混じりの雨風がやっとおさまり、新しい年を迎えた元日だというのに曇り空が朝から晩まで一日中続いた。
時折、明るい日差しが、黒雲の隙間から差し込み、もしかして天女が舞い降りる『雲の通ひ路』?と、その姿を一目見ようと雲ごしの白い太陽を、思わず目を細めて見上げた。
大晦日から元日にかけて、私は忙しい昼夜を走り回って過ごした。
やっと落ち着いた元日の夜、姿を見せなかった若殿が数日ぶりに関白邸に帰ってきた。
大晦日は宮中で追儺の儀式があり、蔵人頭である若殿は、儀式の円滑な運営に重要な役割を果たすために宮中で奔走し、その翌日の元日に催される『元日節会』では、そこでも儀式の段取りを整える大変なお役目を任されていた。
『元日節会』とは、まず朝賀で天皇に貴族たちが新年の挨拶を行ったあと、天皇が大極殿、豊楽院(後に紫宸殿)に出御し、臣や公家の皆々に宴をさせること。
その元日節会で、蔵人頭は儀式の進行管理、供物や祝物が正しく用意されてるかの確認、公式な連絡事項や天皇の意向を参列者や官職者に伝令すること、天皇に献上される贈物や公式書類の管理、節会後は儀式や会食の記録をまとめた公文書作成など目が回るほど忙しい。
それに比べれば関白邸では、朝早くから清らかな身を保つための洗浴や装束の着替え、大殿は元日節会へ出席し、大奥様はじめ若君・姫君たち、普段は地味な恰好の侍女たちまでも、とっておきの華やかな衣装で飾り立て、新春の宴や新年にちなんだ和歌を詠みあい、雅を楽しんだだけ。
私も普段よりはパリッとした水干を身につけたが、若殿の従者を称しても、所詮何ができるわけでもないので、仕事といえば頼まれたものを市で買ってくるとか、薪や炭を運ぶとか、松飾りを作るのを手伝うとか、お節料理の味見とか、主に雑用で忙しかったんだけど。
夜中にクタクタになって帰ってきた若殿は、侍所にきて、他の雑色たちがお酒を飲んでる横で、使用人用のお節料理を口に運ぶのに忙しい私を見つけ
「竹丸、昨夜、宮中で面白い事件があったんだが、話を聞くか?」
使用人用のお節料理は底をつきかけてたので、太郎君のはまだ充実してるだろうという推理のもと、スクッ!と立ち上がり
「はいっ!!ぜひ聞かせてくださいっ!」
喜んで若殿の曹司についていった。
曹司に入り、侍女に冠や石帯を解かれ、袍、半臂、下襲、袙、単・・・と次々と束帯(男性貴族が朝廷に出仕するときの礼装)を脱がせてもらってるそばに座ってボンヤリして待ってると、身軽な綿入れの袙衣姿になった若殿が座り込んで話し始めた。
侍女が立ち去りがてら
「酒と膳を頼む」
というのを聞いて、わーーーいっ!!ご馳走が食べれるっ!!
テンションが上がる。
「さて、どこから始めようか。大晦日、追儺の儀式が宮中で行われることはお前も知ってると思う。」
ウンウンと頷く。
若殿は思い出すように、遠い目をして虚空を睨んで目を細め、
「つい昨日のことだったが、色々なことが重なりすぎてもう何日も前のことのような気がする。」
「はい~~。忙しかったんですね~~。追儺って四つ目の鬼お面を被った人が追い払われる儀式ですよね?」
若殿が首を横に振り
「いいや、それは誤解だ。追儺とは『疫癘(疫病)や災害をもたらす邪鬼や悪霊・穢れを追い払うことで、家や国家を守る儀式』だ。特別な金色の四目(目が四つある)の仮面をかぶり、緋の衣・皀裳を身につけ、矛と盾を持ち、呪文を唱えながら行事を執り行う方相氏は鬼ではなくそれを追い払う役目だ。」
「そうですかぁ。変なお面を被るから紛らわしいですよねぇ~~?見てる人は絶対、方相氏が鬼で追い払われてると思いますよねぇ。で、何があったんですか?」
若殿は真顔になり私を睨んで
「実は、これから話すことはここだけの秘密だ。世間にはまだ公表されていない。従者仲間にも漏らすんじゃないぞ?それができるか?できないなら何も話さないが。」
えぇーーーーっっ!!
ここまで言っておいて、寸止めってそれはないでしょっ!!
プッと頬を膨らませ、口をとがらせ不満を示しつつも
「絶~~~~っ対っっ、誰にも言いませんっ!秘密は守りますっ!!で、何があったんですかっ!!」
若殿は静かに口を開いた。
「昨夜、追儺の儀式を終えたあと、ある更衣が、忽然と宮中から姿を消した。」
(その2へつづく)