独り夢想の針(ひとりむそうのはり) その4
若殿は待子をギロっと睨みつけ
「真相はこうでしょう?
十二月七日の夕方、あなたと亥兎丸は播山の屋敷へ行き、あなたが播山を針で刺し、毒殺した。
残念なお知らせだが播山はまだ生きている。呼吸は弱っているが、毒が抜ければ助かるだろう。
その後、あなたは毒を塗った針を針供養に奉納し、播山との悪縁を断とうとした。
その際、亥兎丸の言葉を聞き、亥兎丸に脅迫されてると思った。
そして邪魔になった亥兎丸に毒入り手料理を食べさせ毒殺しようと企んだ。」
待子は信じられないという表情でブンブンと首を横に振り
「違いますっ!!そのっ!播山を針で刺したのは本当ですが、亥兎丸は殺してませんっ!!
亥兎丸に脅迫されましたが、殺そうとは思いませんでした!
針の刺さった蒟蒻を、亥兎丸が盗んだことも、誓って知りませんでした!」
「ところで播山を殺そうとした動機は?浮気ですか?」
待子は俯き、ボソボソと
「父の死後、お世話になったお礼と仕事をまわしてもらえないかとお願いしに縫殿寮を訪れると、播山がいたんです。
そこから付き合いが始まりました。
最近になって彼は公卿の息女と結婚し、妻の実家を後ろ盾にして出世するため、わたくしとは別れると一方的に告げ、通ってこなくなりました。
ですからあの日、わたくしは決着をつけるために彼の屋敷へ行ったのです。」
はぁ?
何?何のことっ?
会話に置いてけぼりなので焦って
「ちょっとっ!待ってください!亥兎丸が待子を脅迫したってなぜわかるんですか?」
唾を飛ばす。
若殿がニヤッと笑い
「亥兎丸の言葉
『蒟蒻に針をブスブス刺す』
『ウズウズして待ってる』
『蝦夷のアレ』
を待子は、東市で購入した蝦夷が使う矢毒『トリカブト』のことを言ってると勘違いしたんだ。
『トリカブト』は生薬としての別名『附子』や『烏頭』ともいうからな。」
えぇっ?
『ブスブス』とか『ウズウズ』に別の意味を込めたのっ?
マジで?
「じゃあ、『毒を使ったでしょ?』と匂わせて、『播山殺しを見たぞ』と強請ってると思ったんですか?」
待子の方を見ると、ブルブルと身を震わせ、ヒステリックな声で
「そうよっ!!あいつはっ!ずっとこの家に仕えた恩も忘れ、わたくしを脅してきたのよっ!!
針供養に出してしまえば、播山殺害の証拠も無くなってせいせいすると言ったのに、あいつは、それを盗んで証拠として保管し、この先、一生、強請るつもりだった!!
でも、いい気味よっ!!罰が当たったんだわっ!!わたくしが手を下さなくても勝手に蒟蒻を食べて毒にあたってくれたわっ!!ホホホッ!!おかしくてたまらないっ!!ヒーーッヒッ!」
ピクピクと頬を痙攣させるように笑い続けた。
はぁ??
ワケが分からないっ!!
「亥兎丸は毒針で播山を刺したことを知ってたなら、なぜ、針の毒が残った蒟蒻を食べたんですか?それとも別の経路で毒にあたったんですか?それとも自殺とか?」
若殿がしかめ面をしボソリと
「いや、亥兎丸は待子が毒針で播山を殺したことを知らなかったんだ。
トリカブトのことなど知らず、言葉で匂わせてなどいなかった。
だが、待子が意味ありげに
『心配なのは、奉納した針を盗まれること』
と言ったのを独りよがりに深読みし『針を盗め』と指示されたと勘違いして盗んだ。
針を盗み隠しさえすれば、蒟蒻は用済みだから、何の疑いももたず、煮て食ったとしか考えられない。」
「じゃあ、主の役に立とうしたばっかりに毒にあたって死にかけてるんですか?!」
怖っっ!!!
いつ同じ目に遭うかもしれないっっ!!
できるだけ食い意地を抑えなくっちゃっ!!
それに、主の役に立とうとなんて、金輪際、一切、絶~~~っ対っしないっっ!!!
固く決意する。
「あぁ、それもあるが、曖昧な言葉を、それぞれが確かめず独自の解釈をし、行動した結果だ。」
その後、蝦夷から買った矢毒を針に塗り、播山を刺し意識不明の重体にした罪で、待子は弾正台に連行された。
しばらくのちには、体内に入った毒の量が少なかったおかげか播山も亥兎丸も意識不明から回復した。
まだ残る疑惑を口にする。
「亥兎丸は本当に毒針のことを知らずに蒟蒻を食べたんでしょうか?」
若殿は困惑したようにフッと笑い
「本当は全て知っていて、待子を守るために蒟蒻すら腹の中に入れて証拠隠滅を図ったが加熱が甘く失敗したのかもしれない。
蝦夷がトリカブトを矢毒として使うのは、獲物の肉を長時間加熱すれば毒性が二百分の一に減少し食すことができると知っているからだ。」
ボソリと呟いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
毒を薄めれば薬になると言いますが、現代科学を以てしてもトリカブトは毒でしか無いような気がします。
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。