独り夢想の針(ひとりむそうのはり) その3
若殿は深刻な顔でウンと頷く。
逸子姫が好奇心まる出しの声で
「ねぇっ!兄上っ!!法輪寺で供養前の針が蒟蒻ごと盗まれたんですってね?!!!本当なの?どうやって犯人を探し出すのっ!!」
若殿は逸子姫をチラッと横目で見て冷ややかな声で
「そうらしいが、探すつもりはない。播山の事件を先に調べる。竹丸、行くぞ。」
宇多帝の姫以外の『妹』には目に見えて冷たい態度をとる分かりやすい人!!
サッサと歩き出した若殿に小走りについていった。
播山の屋敷に到着し、使用人に聞くところによると、播山は針供養の前日、十二月七日の夜に主殿で意識不明の状態で倒れているところを発見され、塗籠に運び込まれて以来、意識が回復しないとの事。
若殿は主殿の塗籠に通され、播山が苦しそうに呼吸しながら眠っている状態を確認すると、播山を発見した使用人に侍所で話を聞くことにした。
「縫殿寮の同僚の話では播山に持病はないそうですが、間違いないですね?では、最後に播山にあった人物は?」
弾正台の役人と名乗った若殿に、使用人は遠慮がちに、間違えないようにと慎重に口を開き
「ええと、そうですね。十二月七日の夕方ですね。
雑色の男が殿宛ての文を持ってきました。
文を届け、殿が文を読むと、
『案内は必要ない。庭を通って主殿に来るように伝えろ。お前は下がっていろ。』
と言うので雑色に伝え、侍所に下がりました。」
「その後、雑色は播山と主殿で面会したんですね?連れはなかったんですか?」
使用人は腕を組んで考え込み、
「それが、庭を通る雑色の後ろに、市女笠を被った女の姿を見かけたような気がします。薄暗かったのであまり自信はありませんが。」
「ふむ。で、その雑色に見覚えはありませんでしたか?」
「それが、その、一度、殿にお伴して、ある女子の屋敷を訪れたことがあったんです。その時、そこにいた雑色だったような気がします。」
「その女子の名は?」
「名は失念しましたが、縫殿寮で知り合ったと殿が話してたと思います。」
はぁ?
播山が通ってた女子?
誰?
縫殿寮で知り合ったなら、父が縫部だった待子?
それとも現在、縫部として務める鬼怒田の娘とか妹とか妻とか?
まさか箱入り娘の逸子姫が縫殿寮を訪れるわけない?
播山の屋敷を辞して、次の行動を悩んでる若殿に、
ハッ!
といいことを思いついた私は、商談を持ち掛けた。
「私は十二月八日の針供養に同行しました!その時、播山の噂を聞いたんです。
播山を嫌ってる人物とか、播山の人となりとか色々です~~!
その情報をいくらで買いますか?」
若殿は目を丸くして私を見、ニヤッと口をゆがめて笑い
「お前の向こう一週間の菓子を取り上げないでいてやる。」
ハイッ!
そーゆーことならモチロンっ!!
喜んでお教えしますっ!!
すぐさまベラベラと、知ってること全てを若殿に共有した。
私の話を聞き終えた若殿は目をキラキラ輝かせ、何か閃いたみたいに声を弾ませ
「よし!待子の屋敷へ行くぞ!」
はぁ?
なぜ?
「市女笠の女が待子だったんですか?なぜ?」
若殿は質問には答えてくれずニヤッと笑うだけ。
我々は馬を駆って待子の屋敷へ乗りつけた。
待子の屋敷は板塀の、東門を入るとすぐ目の前に庭が広がり、東の対の屋が見える小さな屋敷。
北には物置と使用人の住み家を兼ねたような雑舎があり、我々が門を入ると、そこから待子が飛び出してきた。
手を上げて引き留め
「待子さん!先日はどうも!逸子姫の従者の竹丸です!こちらは弾正台の役人の平次さんです!お話を聞きたいそうです!」
一気にまくしたてると、待子は血色の悪い上に今日は焦った表情でオロオロしながら
「あぁっ?!はい、えーーっと、覚えてます。竹丸さんと、弾正台の役人さん?今取り込んでますの!後日にしてもらえませんか?」
若殿がその様子を不審に思ったらしく
「もしかして、従者の亥兎丸に何かあったんですか?」
待子はギクッ!と明らかに身体を震わせ驚愕し、
「えぇ?なぜおわかりになるの?」
若殿が急いで雑舎に入り、沓を脱いで土間から高床にあがり、筵に横たわってる亥兎丸に近づいた。
亥兎丸は目をつぶってジッと横たわっていた。
若殿は鼻の下に指を当てると、ウンと頷き
「微かだが息はある。昨夜からこの様子ですか?」
入り口に立ってる待子に向かって若殿が問いかけた。
待子は
「はい。昨夜からかどうかは知りませんが、午前中ずっと姿を見せないのを不審に思い、先ほどここへ立ち寄りましたら、その状態で横たわっていたのです。一体何があったんでしょう?」
一見、ジッと眠っているように見える亥兎丸の様子は、播山と同じ症状に見えた。
若殿は火桶の上に置いてある土鍋の側面を触り、蓋を開けて中を覗いた。
「昨夜の蒟蒻だ。まだこんなに残ってる。」
えぇ??!!!
気になって私も高床に上がり、土鍋を覗き込むと、満タン近くまで、手でちぎったような不揃いな形の蒟蒻の煮物が入っててビックリした。
「食べてないんでしょうか?」
若殿が高床においてある唯一の入れ物である葛籠のふたを開け、亥兎丸のと思われる持ち物を物色してた。
蓋の付いた小瓶や大小の木箱、紙類、袴や水干、烏帽子などの中身を確かめてる。
白木の木箱を手に取り、蓋を開けて私に見せながら
「ホラ、これを見てみろ」
中身は折れ曲がったり、錆びたり、短くなったりした、細さも長さもまちまちな数十本の針だった。
「はぁ??!!!ということは、供養前の針の刺さった蒟蒻を盗んだのは亥兎丸ですか?
じゃあ土鍋の中の蒟蒻は針を抜いた後の蒟蒻??!!!
それを食べて具合が悪くなったんですか?
それとも食べる前に何かあったんですか?」
(その4へつづく)