独り夢想の針(ひとりむそうのはり) その2
はぁ?
悪縁を断つ?
針に何か怨念がこもってるの?
嫌な奴からもらった針?
でもなぜ奉納した針が盗まれることが心配なの?
チンプンカンプン。
それに話がかみ合ってない気がする。
こういうのを蒟蒻問答というの?
お互い自分勝手に解釈して答える、的な?
でもよく考えると、この針供養で行われる『使えなくなった針を労うために、蒟蒻や豆腐のような柔らかいものに刺す』ってどういう意味?
畳とか革を縫う針なら『硬いものばかり刺してくれてありがとう。ご苦労様』は辛うじて理解できるが、ほとんどが布でしょ?
それに『針は蒟蒻に刺されれば嬉しいだろう!』と考えるって誰の何の発想?
下ネタ?なの?とツッコミどころ満載。
石段を登り切り、本堂がある開けた境内に到着した。
奧に虚空蔵菩薩をまつる本堂のなかに、草鞋を脱いで上がると、仏像に向かって座る僧侶たちが読経してる後ろに、大きさ五寸(15cn)x一尺(30cm)、厚さ二寸(6cm)ぐらいの蒟蒻が二段重ねに三宝のうえに乗せておいてある。
う~~~ん。
出来れば針を刺さずに、蒟蒻だけ頂きたい。
醤で味付けして、大根や大豆と煮物にすれば美味しいのに!
ゴクッと生唾を飲んだ。
法輪寺ではこの蒟蒻に、持参した針を一人一本ずつ刺すことができる。
残りは別の箱にいれて供養してもらう。
奉納した針は後で供養塔に納められるようだ。
僧侶がだみ声で読経するのを聞きながら、行列に並んで順番を待ってた待子と逸子姫は、自分たちの番が来ると持参した使い古しの針を蒟蒻に刺しては手を合わせて、その場を退き、草鞋を履いて本堂から出てきた。
私と亥兎丸は本堂の外で待ってた。
ちょうど出てきた待子に一人の男が手を上げて近づき
「やぁ!待子さんじゃないですか!私です。鬼怒田です。お父上にお世話になっていた。まだ縫殿寮で縫部をしております。」
待子が振り向き、口の端を少し上げて笑顔を作り、
「あぁ、ええっと、確かに見覚えがあります。何度か我が家にお越しになられたんですよね。
失礼ながら、父が亡くなりもう五年になりますから、それ以前の父と付き合いがあった方々の記憶も薄れておりまして、お元気そうで何よりです。お変わりはありませんか?」
軽く会釈した。
こざっぱりした、『どこにでもいる愛想の良いオジサン』という感じの鬼怒田が微笑みながら
「いや~~~。相変わらずですがね、お変わりというか、父上が亡くなってから上司になった播山という男がいるんですがね、これが嫌なやつでねぇ!
新参の若輩者のくせに年上の我々が少し失敗すると、それを肴にネチネチと長い説教をするようなヤツです。
若い女儒には手当たり次第にイヤらしいことを言ったり触ったりで、職場の全員に嫌われてますよ!
それにしてもちょっとした恨みを忘れない、しつこい、絡みつくように執念深い、蛇のような男ですからねぇ、我々も辟易してます。
確か蛇は針が苦手なんですよね。
ハハッ!今度嫌な事をされたら針でやっつけてやりたいぐらいです!」
相当な恨みが溜まってるよう。
藁人形を作って針を刺すぐらいなら既に実行してそう!
待子が口だけに浮かべた笑みで、呟くように
「ホホホッ!わたくしなら、憎い相手には毒入りの手料理を食べさせます!
時間差で効くような毒なら、別の場所で倒れることになって疑われませんでしょう?
ホホホッ!もちろん冗談ですけど!
今日は縫殿寮の使用済みの針を納めに来られたんですか?」
サラッと猟奇的な事を言う。
鬼怒田が
「そうです。供養箱に入れてきました。」
う~~ん。
手料理、針、蒟蒻・・・・と言えば、蒟蒻のなかに短い針を埋め込んで、煮物にして振る舞えば、喉や胃腸に針が刺さって毒を使わずに人をナニできるのでは?
怖っ!!痛っっ!!
想像するだけでゾッとするっっっ!!
それにしても播山って敵を作りやすい人?
陰口言われ放題だけど。
その日はその後、何事もなく、法輪寺を後にした。
次の日の午後、西の対に呼び出した私に向かって逸子姫が
「竹丸!昨日、供養されるはずの針の刺さった蒟蒻があの後、盗まれたのを知ってる?」
「えぇっ?!知りませんけど!耳が速いですねぇ。誰から聞いたんですか?」
逸子姫は得意げに語尾の上がった口調で
「後宮に一緒に上がった姉上の女房よ!今朝、法輪寺の住職が弾正台に届け出たんですって!勅願寺だし、清和天皇が針供養の堂を建立なさったから、住職も、たかが針と蒟蒻といえど盗難を見過ごせないと思ったのでしょうね。」
う~~~ん。
顎に指を当てて考えてみる。
「でも、誰が何のために盗むんですか?やっぱり蒟蒻を食べるためですかねぇ。」
針は使い古しだから売り物にならないし。
そこへドシドシと廊下を渡る足音が聞こえ、若殿が現れた。
私に向かってクイッ!と顎を上げ合図し、
「縫殿寮の播山という役人が、昨日・今日と無断欠勤しているからと、同僚が屋敷に様子を見に行くと、意識不明の重体に陥っていたらしい。
使用人の話では呼吸機能の低下や痙攣が見られたとのことだ。
これから屋敷を訪れ、使用人から話を聞こうと思うがお前はどうする?」
はぁ?
あの、噂の渦中の悪口言われ放題の人?!
ついに誰かに襲われたの?
「若殿が行くってことは事件性があるってことですか?」
(その3へつづく)