表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
290/368

独り夢想の針(ひとりむそうのはり) その2

はぁ?

悪縁を断つ?

針に何か怨念がこもってるの?

嫌な奴からもらった針?

でもなぜ奉納した針が盗まれることが心配なの?

チンプンカンプン。


それに話がかみ合ってない気がする。

こういうのを蒟蒻(こんにゃく)問答というの?

お互い自分勝手に解釈して答える、的な?


でもよく考えると、この針供養で行われる『使えなくなった針を(ねぎら)うために、蒟蒻(こんにゃく)や豆腐のような柔らかいものに刺す』ってどういう意味?

畳とか革を縫う針なら『硬いものばかり刺してくれてありがとう。ご苦労様』は辛うじて理解できるが、ほとんどが布でしょ?

それに『針は蒟蒻(こんにゃく)に刺されれば嬉しいだろう!』と考えるって誰の何の発想?

下ネタ?なの?とツッコミどころ満載。


石段を登り切り、本堂がある開けた境内に到着した。

奧に虚空蔵(こくぞう)菩薩をまつる本堂のなかに、草鞋を脱いで上がると、仏像に向かって座る僧侶たちが読経してる後ろに、大きさ五寸(15cn)x一尺(30cm)、厚さ二寸(6cm)ぐらいの蒟蒻(こんにゃく)が二段重ねに三宝のうえに乗せておいてある。


う~~~ん。

出来れば針を刺さずに、蒟蒻(こんにゃく)だけ頂きたい。

(ひしお)で味付けして、大根や大豆と煮物にすれば美味しいのに!

ゴクッと生唾を飲んだ。


法輪寺(ここ)ではこの蒟蒻(こんにゃく)に、持参した針を一人一本ずつ刺すことができる。

残りは別の箱にいれて供養してもらう。

奉納した針は後で供養塔に納められるようだ。


僧侶がだみ声で読経するのを聞きながら、行列に並んで順番を待ってた待子(まちこ)逸子(いつこ)姫は、自分たちの番が来ると持参した使い古しの針を蒟蒻(こんにゃく)に刺しては手を合わせて、その場を退き、草鞋を履いて本堂から出てきた。

私と亥兎丸(いとまる)は本堂の外で待ってた。


ちょうど出てきた待子(まちこ)に一人の男が手を上げて近づき


「やぁ!待子(まちこ)さんじゃないですか!私です。鬼怒田(きぬた)です。お父上にお世話になっていた。まだ縫殿(ぬいどの)寮で縫部(ぬいべ)をしております。」


待子(まちこ)が振り向き、口の端を少し上げて笑顔を作り、


「あぁ、ええっと、確かに見覚えがあります。何度か我が家にお越しになられたんですよね。

失礼ながら、父が亡くなりもう五年になりますから、それ以前の父と付き合いがあった方々の記憶も薄れておりまして、お元気そうで何よりです。お変わりはありませんか?」


軽く会釈した。


こざっぱりした、『どこにでもいる愛想の良いオジサン』という感じの鬼怒田(きぬた)が微笑みながら


「いや~~~。相変わらずですがね、お変わりというか、父上が亡くなってから上司になった播山(はりやま)という男がいるんですがね、これが嫌なやつでねぇ!

新参の若輩者のくせに年上の我々が少し失敗(ミス)すると、それを(さかな)にネチネチと長い説教をするようなヤツです。

若い女儒(めのわらわ)には手当たり次第にイヤらしいことを言ったり触ったりで、職場の全員に嫌われてますよ!

それにしてもちょっとした恨みを忘れない、しつこい、絡みつくように執念深い、蛇のような男ですからねぇ、我々も辟易してます。

確か蛇は針が苦手なんですよね。

ハハッ!今度嫌な事をされたら針でやっつけてやりたいぐらいです!」


相当な恨みが溜まってるよう。

藁人形を作って針を刺すぐらいなら既に実行してそう!


待子(まちこ)が口だけに浮かべた笑みで、呟くように


「ホホホッ!わたくしなら、憎い相手には毒入りの手料理を食べさせます!

時間差で効くような毒なら、別の場所で倒れることになって疑われませんでしょう?

ホホホッ!もちろん冗談ですけど!

今日は縫殿(ぬいどの)寮の使用済みの針を納めに来られたんですか?」


サラッと猟奇的な事を言う。


鬼怒田(きぬた)


「そうです。供養箱に入れてきました。」


う~~ん。

手料理、針、蒟蒻(こんにゃく)・・・・と言えば、蒟蒻(こんにゃく)のなかに短い針を埋め込んで、煮物にして振る舞えば、(のど)や胃腸に針が刺さって毒を使わずに人をナニできるのでは?

怖っ!!痛っっ!!

想像するだけでゾッとするっっっ!!


それにしても播山(はりやま)って敵を作りやすい人?

陰口言われ放題だけど。


その日はその後、何事もなく、法輪寺(ほうりんじ)を後にした。



 次の日の午後、西の対に呼び出した私に向かって逸子(いつこ)姫が


「竹丸!昨日、供養されるはずの針の刺さった蒟蒻(こんにゃく)があの後、盗まれたのを知ってる?」


「えぇっ?!知りませんけど!耳が速いですねぇ。誰から聞いたんですか?」


逸子(いつこ)姫は得意げに語尾の上がった口調で


「後宮に一緒に上がった姉上の女房よ!今朝、法輪寺(ほうりんじ)の住職が弾正台に届け出たんですって!勅願寺(ちょくがんじ)だし、清和天皇が針供養の堂を建立なさったから、住職も、たかが針と蒟蒻(こんにゃく)といえど盗難を見過ごせないと思ったのでしょうね。」


う~~~ん。

顎に指を当てて考えてみる。


「でも、誰が何のために盗むんですか?やっぱり蒟蒻(こんにゃく)を食べるためですかねぇ。」


針は使い古しだから売り物にならないし。


そこへドシドシと廊下を渡る足音が聞こえ、若殿(わかとの)が現れた。

私に向かってクイッ!と顎を上げ合図し、


縫殿(ぬいどの)寮の播山(はりやま)という役人が、昨日・今日と無断欠勤しているからと、同僚が屋敷に様子を見に行くと、意識不明の重体に陥っていたらしい。

使用人の話では呼吸機能の低下や痙攣が見られたとのことだ。

これから屋敷を訪れ、使用人から話を聞こうと思うがお前はどうする?」


はぁ?

あの、噂の渦中の悪口言われ放題の人?!

ついに誰かに襲われたの?


若殿(わかとの)が行くってことは事件性があるってことですか?」

(その3へつづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ