表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/367

昔日の夜這星(せきじつのよばいぼし) 後編

 若殿(わかとの)は三人に

「では、想像でいいので、間男はどんな風采の男だと思いますか?順番に答えてください」

宗岡(むねおか)様はちょっと考えて

権中納言(ごんちゅうなごん)より年取った老人だと思います。」

御崎(みさき)様も目をつぶって考えて

「私より若い貴族だと思います」

(きの)様は

「色白で虚弱な、高貴な身分の方だと思います。」

若殿(わかとの)権中納言(ごんちゅうなごん)にも

「あなたはどんな男だと思いますか?」

「私ぐらいの年か少し若い、同じぐらいの身分の貴族」

若殿(わかとの)は軽く笑って

「では、例えば、どんな匂いのする奴だと思いますか?できるだけ具体的にお願いします。たとえば焼き魚の匂いがするだとか。」

私は『変な質問だなぁ』と思ったが、

宗岡(むねおか)様は思い出したようにして微笑んで

「牛乳の匂いがするんじゃないですかね」

御崎(みさき)様は楽しそうに笑って

「いやいや、馬糞の匂いじゃないですか」

(きの)様も少し考えて笑って

「多分、完熟梅の匂いですよ!」

権中納言(ごんちゅうなごん)はそれを聞いて不思議そうに

鬢付(びんつ)け油の匂いか、たきしめた香の匂いでしょう?普通。」

私は権中納言(ごんちゅうなごん)以外の三人の言葉があまりにも具体的だったのでちょっと驚いたが、若殿(わかとの)はしめしめという顔をしている。

「ところで、最初に北の方の(へや)から出てきた男を見たと言った雑色はいつからここにいますか?彼をよんできてください」

権中納言(ごんちゅうなごん)は雑色・浪速益荒男(なにわのますらお)を連れてくると

「うちにきてもう三年になりますかね。よく働く、正直な男で、何でも上手くやるので頼りにしています。」

浪速益荒男(なにわのますらお)若殿(わかとの)にペコリと頭を下げた。

浪速益荒男(なにわのますらお)は三十代半ばの日に焼けた、(たくま)しい、肉体労働はじめ何でも軽くこなしそうな頼もしい感じの、涼しげな眼をして顎が少し張っているが整った顔立ちの男だった。

若殿(わかとの)浪速益荒男(なにわのますらお)

「貴方はここに来る前、どこで働いていたかを言えますか?」

え?一週間前、北の方の(へや)から出てくる誰を見たか?の質問じゃないの?

と私は目がテン。

浪速益荒男(なにわのますらお)は困った顔をして言いにくそうに

「それは・・・その・・・」

と口ごもる。

若殿(わかとの)

「あなたは宗岡(むねおか)様、御崎(みさき)様、(きの)様の屋敷で以前、料理人、従者、庭師として働いていたのではないですか?」

「えぇっ!?どーしてわかるんですか?」

と私が思わずいうと

若殿(わかとの)

「嘘をつくときは、具体的に思い浮かべてみてそれに手を加えて表現するのが一番手っ取り早い。

三人が間男が誰かを知っていて風采を言い表そうとしたときは、質問が抽象的だから思い浮かべた浪速益荒男(なにわのますらお)と真逆の像をゆっくりと考えながら描くが、

匂いのような感覚的なものを具体的に描こうとすれば、思い出すままをすぐに言ってしまうだろうと思ったんだ。」

「えー!三人ははじめから間男が浪速益荒男(なにわのますらお)だと知っていたんですか?」

「そう。お互いをかばいあうような優しい方達なら当然、本当の相手を知っていたとしてもかばうだろう。

浪速益荒男(なにわのますらお)権中納言(ごんちゅうなごん)に聞かれとっさに思いついた親しい三人の名を挙げてしまったが、その三人なら自分を守ってくれるかもしれないという思惑もあったはず。」

浪速益荒男(なにわのますらお)は落ち込んだ顔をして

「一週間前の夜中、彼女の(へや)の近くにいるところを、(あるじ)に見つかってしまって、とっさに『男が(へや)から出ていくのを見た』と嘘をついてしまったのです。(あるじ)に追及され、見かけた間男に似た風貌の男の名を挙げろと言われ、一人ではすぐに嘘がばれると思い、三人の名前を言いました。

・・・三人には濡れ衣を着せるような真似をして本当に申し訳なく思っています。私は以前の働き先でお世話した三人の少年たちが今でも私を慕ってくれてるのを利用しました。」

「今でもお互い近況報告の文を交わすような間柄なのですね?」

浪速益荒男(なにわのますらお)はうなずき、宗岡(むねおか)様、御崎(みさき)様、(きの)様はうつむいて黙り込んでいた。

宗岡(むねおか)様がぐっと顔を上げ浪速益荒男(なにわのますらお)に向って微笑み

浪速益荒男(なにわのますらお)は私に()(乳を煮詰めた乳製品で美味しいもの)を作ってくれたんだ。初めて蘇を食べたときその美味しさにびっくりしたので今でも浪速益荒男(なにわのますらお)を思い出すときはその匂いがするんだ。」

御崎(みさき)様は

「私もはじめて馬に乗った時、馬の口を引いてくれたのが浪速益荒男(なにわのますらお)だった。」

(きの)様は

「子供のころ、完熟梅の桃のようなにおいに惹かれ、取ってくれとせがんでとってくれた梅の実を食べてみると酸っぱかったのが印象に残ってね。」

とそれぞれ浪速益荒男(なにわのますらお)との思い出を語る。

ここまでは子供のころのほっこりしたいい思い出に浸る和やかな雰囲気だったが、権中納言(ごんちゅうなごん)だけは顔を真っ赤にして怒っていた。

「お前が・・・!お前が俺の女を寝取ったのか!この野郎!許せんっ!殺してやるっ!二度と起き上がれんようにしてやる!」

浪速益荒男(なにわのますらお)につかみかかって殴ろうとこぶしを振り上げると、若殿(わかとの)が間に入って

浪速益荒男(なにわのますらお)を殺すと北の方も死ぬとおっしゃったのでは?いいのですか?」

権中納言(ごんちゅうなごん)をじっと見つめる。

宗岡(むねおか)様が若殿(わかとの)と同じく間に入って権中納言(ごんちゅうなごん)を制し

浪速益荒男(なにわのますらお)は本当に北の方を愛していて、駆け落ちしようとするまで思い詰めていたのです!」

浪速益荒男(なにわのますらお)はあなたに申し訳ないと何度も文に書いていました!」

「そうです。いっそのことあなたに打ち明けて二人で屋敷を出て暮らそうと考えていたと!」

御崎(みさき)様、(きの)様も口々に暴露した。

私は純愛だなぁ~~と感心したが、浪速益荒男(なにわのますらお)の口が軽すぎて不義密通(ふぎみっつう)なのにベラベラしゃべり過ぎなのはいかがなものかと思った。

浪速益荒男(なにわのますらお)

「殺すなら、私だけにしてください。彼女は私にそそのかされただけで何の罪もありません。私一人を殺してください。」

と泣きながら土下座した。


 後日分かったことは結局、権中納言(ごんちゅうなごん)は北の方と離縁して、北の方は浪速益荒男(なにわのますらお)と一緒になるらしいということだ。

帰り道、夜空を眺めて歩きながら若殿(わかとの)

「そういえば、一週間前、御崎(みさき)様が宗岡(むねおか)様と朝まで飲んで過ごしたというのは本当なんですかねぇ?宗岡(むねおか)様は御崎(みさき)様の狩衣(かりぎぬ)の色を知ってたわけですし。」

御崎(みさき)様が『寅の刻に明日香へ旅にいった話で盛り上がった』と言っていただろう?明日香には中国の四神である、白虎(びゃっこ)玄武(げんぶ)朱雀(すざく)青龍(せいりゅう)をモチーフにした古墳がたくさんある。虎といえば白虎だろう。」

「だから白ですか!」

と私は納得。

空を見上げると一筋の流れ星がスッと流れたので

「あっ!流れ星です」

と私が興奮して叫ぶと、若殿(わかとの)が見上げ


「ああ、また一つ、夜這星(よばいぼし)が落ちたな。」


と言った。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

流れ星の昔の呼び方である「夜這星(よばいぼし)」は確かにロマンチックじゃないですよね~! 

時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ