破天荒の女王(はてんこうのじょおう) その5
若殿がフフンと笑うと
「『龍の珠』とは、龍の髭という草の種子のことだ。
さっき中門廊を渡ったとき、庭の遣水の付近に葉の細長い草が一面に生えていただろ?
あれが龍の髭という植物で、青い丸い実が『龍の珠』と呼ばれる種子だ。
あの草の肥大した根を乾燥したものが生薬で、麦門冬と称し鎮咳・強壮などに用いるんだ。
その恋人は彼女の病に効く生薬の種を贈ったんだ。
種から草が生え一面びっしり生い茂るまでにはもちろん短期間では足りないから、長年の付き合いというわけだ。」
はぁ?
はじめから勝手に生えてただけかもしれないじゃん!!!
若殿が私をチラッと見て心を読んだかのように
「確かに、屋敷を建てた時から自生してたことも考えられるが、自分の病に効く薬草が偶然庭に生えるとは考えにくい。
かぐや姫の贈り物にちなんだ品物を男たちに要求することを思いついたのは、その恋人が『龍の珠』を贈った時じゃないのかな?」
肩をすくめ、続けて
「いずれにしても、その恋人は恋文を記した檜扇を見つけ、彼女の浮気に激怒し、檜扇がバラバラになるまで壊してしまった。
ですよね?」
「・・・・・・・」
源礼子が答えないので私が
「なぜバラバラになったってわかるんですか?」
「和歌に詠まれている月の満ち欠けの順番がおかしいからだ。
月は順番に、
『朔(新月)→夕月夜(上弦の月)→望月(満月・十五夜)→十六夜→立待月(十七夜)→有明の月(下弦の月)→新月』
を繰り返すが、
『いかなれは うき物といふ 有明の 月にちきりて 鳥はなくらん』は下弦の月
『望月の 山の端いつる よそほひに 君ぞ光れる 秋の空かな』は満月
『君や来む われや行かむ のいさよひに 真木の板戸も ささず寝にけり』は十六夜
『君に逢う 宿の乱るる 秋草の 露ふむ庭に 立ち待ちの月』は十七夜
『夕月夜 さすやをかべの 松の葉の いつともわかぬ 恋もするかな』は上弦の月
を詠んでいるから、上弦の月と下弦の月の順番が逆になっている。
最近のひと月以内で恋文を交わしているなら、上弦→満月→十六夜→十七夜→下弦 と並ぶはず。
ということは一度バラバラになった檜扇を修復したと考えられる。
壊したのが燕麻呂でないなら礼子どのかその恋人の仕業だろう。」
確かに、檜扇って要が紙縒りだから乱暴に扱うとすぐにバラバラになりそう!
それにしても『上弦の月』を見て『下弦の月』の和歌を詠むってことはないの?マジ?
ふぅ~~~ん!
月の満ち欠けの順番はいつも同じなのねぇ!!
へぇ~~~~!
感心してると
「ふぅっ~~」
観念したような溜息が御簾の中から聞こえ、艶やかな低い声で
「そうです。彼とは五年以上前からの付き合いです。
肺の病に効く生薬の種や、他にもさまざまな贈り物をされ、昔から何度も求婚されていました。
ただ、若くして一人の殿方に愛を誓い、結婚してしまうことができなかったの!
華やかな遊び人の公達や見目麗しい殿方、経験豊かで貫禄のある公卿、若く純粋無垢な青年、色々な殿方と楽しみたい!と思っていたわたくしは、彼の求婚への返事をズルズルと先延ばしにして、京にとどまり、気に入った殿方との逢瀬を楽しんでいたんです。
先日、彼が任国の伊予国から帰京した際、檜扇の恋文が見つかってしまったんです。
彼は激怒し、檜扇を投げつけて壊し、今度こそ伊予国へ連れて帰る!と怒鳴ったのです。
キッパリ断るほど彼のことを嫌いなわけではなく、長年生活の面倒を見てくれ、体を気遣ってくれているという恩もあります。
いつかは彼の妻になるつもりでおりましたから、これをきっかけに彼と共に伊予国へ下る決心をしたのでございます。」
はぁ~~~!なるほどぉ~~~!!
恋多き女子が色んな殿方との逢瀬を楽しみたいあまり、結婚という安定を先延ばしにしてたのが、本命彼氏に見つかって決断を迫られ、やっと結婚する覚悟ができたってワケかぁ~~!
納得したが、藤原燕麻呂だけは悔しそうに歯ぎしりして
「な、なんですとっ!!夫となる男が以前から決まっていた?ですと?!!!!
じゃあ、わ、私はどうなるんですっ!!
そうだっ!子安貝を返してくださいっ!!
い、今すぐ、他の贈り物も全部返してくださいっ!!」
御簾の下から手をつっこんでワサワサ動かし、子安貝を探してる。
う~~ん、見苦しい。
・・・けど、私も自分の大事な美味しい食い物を贈ったなら取り返したい気持ちはわかる。
見返りのない贈り物なんてやってられないっ!!
あっ!若殿はどうなんだろ?
チラッと見ると、眉一つ動かさず平然としてる。
藤原燕麻呂が鼻息も荒く、御簾の中を睨み付けてるのを横目に、さて!と立ち上がりながら、御簾の中に向かって会釈し、
「では、これで失礼します。伊予の国介・藤原連永によろしくお伝えください。末永くお幸せに。」
言い残して、我々は源礼子の屋敷を辞した。
帰り道、馬に揺られながら、頭の中にモヤモヤ残る疑問をぶつける。
「ええとぉ、じゃあ、宇多帝の姫の命をたてに、若殿に『蓬莱の玉の枝』を作らせ求婚させたのは、結局、誰だったんですか?
源礼子本人ですか?
それとぉ、源礼子の夫となる昔からの恋人が伊予の国介・藤原連永だって初めから知ってたんですか?」
若殿は首を横に振り
「いいや。近頃、朝廷で大騒ぎになっている噂がある。
臣籍降下したとはいえ光孝天皇皇女と伊予国介である従五位の臣下との婚姻の噂がな。」
「へぇ~~~!つまり源礼子さまは先帝の皇女さまですかぁ。でもそれってめずらしいんですか?大騒ぎするほど?」
若殿が私を見て、無知なことに驚いたように眉を上げ
「『継嗣令王娶親王条』に臣下との婚姻が許されるのは五世王以下の女性、つまり天皇から五世代下の女性でなければ、婚姻は許されないとある(天皇の娘は一世王、天皇の孫娘は二世王)。
過去に四世以内の皇女を娶った臣下は父上(藤原基経)を含め多くても十数人だ。
そのことを踏まえて考えてみろ?
源礼子どのは天皇の娘、つまり一世王で相手は伊予国介の藤原連永だぞ!
これがどれだけ異例のことか、お前に理解できるか?」
う~~~~ん。
そう聞くと異例中の異例っ?!!
どうりで藤原燕麻呂が源礼子に対して浮気を責めず、ずっと下から懇願する丁寧な言い回しだったなぁ~~!
もしかして源礼子って型破りの破天荒皇女様?
そういえば、じゃあ、若殿の母君である大奥様って親王の娘だから二世女王(操子女王)だったっけ?
希少事例がすぐそばにいたのねっ!!
あれ?
光孝天皇の皇女ってことは、宇多帝の姉妹君?ってことは・・・
「もしかして、宇多帝の姫の文に、脅迫文を付け足して若殿に『蓬莱の玉の枝』を作らせ、源礼子さまに求婚させた人って・・・・あの人ですか?
姉君のために仕組んだんですか?
若殿への片想いを成就させるため?」
あの人なら、姫の誘拐なんて朝飯前だろうなぁ。
若殿が眉根を寄せ深刻な顔で頷き
「そう。光孝天皇・準一世王、源香泉さまこと泉丸だ。
チッ!浄見にはくれぐれもあいつに気を許さないよう、ちゃんと教えておかないとな」
苛立たしげに呟いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
現代以前は、皇族の女性は基本的に生涯独身であるべきという圧力があることを知りませんでした!
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。