破天荒の女王(はてんこうのじょおう) その4
若殿が眉をピクリと痙攣させ、ウンと頷くと、源礼子は華やいだ艶やかな声で
「まぁ!嬉しいわ!あなたはご存じないかもしれませんが、わたくしは一度、あなたを、牛車の中からお見かけしたことがありましたのよ!牛飼童からお名前を聞きましたの。あなたとこうしてお会いしてお話したいとずっと思っておりました!夢がかないましたわ!」
ウキウキしてるのが声の調子からもわかる。
若殿は居心地が悪そうにモゾモゾしたあと、そばに置いてた文箱を御簾の下から差し入れ
「これをあなたに贈ります。」
カチャッ!
御簾の向こうで文箱を開けた音がし、は~~~っ!!と感嘆のため息が聞こえ
「まぁ!何て美しいのかしら?枝は金、実は真珠ですのね?これは何ですの?」
えぇっ?!
しらばっくれてる??!!
イヤッ!あんたが要求したんじゃないのっ?!!!
別人なの?じゃあ誰?要求したのはっ!!?
心の中でひとりツッコむ。
「蓬莱の玉の枝です。」
御簾の中から『あっ!』と息を飲む気配がし、低いけれど、語尾が上がり気味の興奮を隠した声で
「まさかっ、求婚してくださるのっ?頭中将様?」
若殿は眉をひそめ、少し考えたあと、
「実は、正直に言いますと、そのつもりはありません。ですが、対外的には私が求婚し、あなたがそれを断ったことにしてくださいませんか?
どうせもし本当に求婚したとしても、あなたは断るつもりだったんでしょう?」
ギロっと御簾の中を睨んだ。
ゴクリと息をのむ音がし、源礼子が小さな声で
「そう・・・・ですが、あなたはわたくしを恋人にしたくはないと仰るの?結婚はできませんが、一夜の契りなら・・・」
若殿の隣でイライラしながら檜扇を膝に打ち付けてた藤原燕麻呂が我慢しきれなくなったように
「もしっ!!お待ちくださいっ!礼子さんっ!なんてことを言うんですか!私の目の前で!私もホラっ!あなたが欲しがっていた子安貝を持ってきましたよっ!」
布包みを御簾の下からギュッと押し入れた。
少し間があった後、源礼子がフフッと笑った気配がし、
「あらっ!本当!これも美しいですわね!燕麻呂さん、ありがとうございます。大切に致しますわ!」
藤原燕麻呂が怒りと焦りを含んだ声で
「あのっ!私と結婚し妻になってくれるんですよね?この屋敷が嫌なら新しい屋敷を造りましょう!どこにもいかないでくださいっ!!私にはあなたしかいないっ!他の女子とは全部手を切りましたっっ!」
必死の形相で御簾の中を見つめる。
源礼子は沈黙したまま。
藤原燕麻呂はさらに大声で
「何か言ってくださいっ!遠くへ行くとはどこに行くつもりですかっ!!なぜ京にいることができないんですかっ!!まさか、そこのガキが言うように、あなたは本当に月の世界の住人なんですか?」
泣きそうな顔でベソをかく。
ガキっ???!!
ムッ!としたけど、フラれて可哀想だし、まぁいいっか。
源礼子は藤原燕麻呂の泣きベソを楽しんでる?のか何も答えず黙り込んでる。
若殿がゴホンと咳払いし
「燕麻呂さん。心配することはありません。
彼女は月の世界へ帰るわけではなく、昔から長い付き合いをしていた男性に浮気がバレ、檜扇が壊れるほど激怒され、その男性が彼女と結婚し、任国へ連れて行く決心をしたというだけのことです。」
はぁ???!!!!
なぜそんなことがわかるの???!!!
そんなこと誰か言ってた?
ウソぉ~~~~!!!!
疑念でいっぱいになり思わず
「どーゆーことですかぁ?!恋人がいるのはわかりますけど、長い付き合いだとか、浮気がバレたとか激怒されたとかがなぜわかるんですかっ?」
若殿は私を振り向き、ニヤッと微笑み、また前を向き、両手をすり合わせながら
「では、私が説明しましょう。源礼子どの、違うところがあれば訂正してください。
まず、あなたが夜、月を見ながら泣いていたのは、月が恋しかったわけではありません。
あなたは昔からある呼吸器系の病(*夜間喘息:夜間に症状が悪化するのが特徴。夜間、気道がより敏感になり、気温や湿度の変化、寝ている姿勢が悪化要因となる)で苦しんでいた。
夜間に症状が悪化した際、息苦しくて目が覚め体を起こして苦痛に耐えていたのを藤原燕麻呂が見て『月を見て泣いていた』と勘違いしただけです。
そして、数年前、あなたの病を熟知している恋人が『龍の珠』を贈った。」
ビックリして
「はぁ?そんなものが本当にあるんですか?架空の生き物でしょ?龍って?
それが呼吸器の病と何の関係があるんですか?」
(その5へつづく)