破天荒の女王(はてんこうのじょおう) その3
若殿が手渡されて受け取ったのは、『熱烈な恋文』といっても紙の束ではなく、薄い檜の板を重ねて板の上部を絹糸でゆったりと止め、要を紙縒りで止めた檜扇だった。
開いてみると、板の一枚ずつに交互に別の筆跡で和歌が書いてある。
若殿が広げたのを、私が横から身を乗り出して覗きこんで読んでると、藤原燕麻呂は従者の図々しい態度にビックリしたようにポカンと口を開けてた。
一枚の板に上から縦書きに書いてある和歌は、扇を開いた時、右から一首ずつこんな感じ。
『・・・・・・・・
いかなれは うき物といふ 有明の 月にちきりて 鳥はなくらん
(*作者注:小宰相 「宝治百首(宝治御百首)」)
(どうしてつらいものなどと言うのだろうか。明け方まで残る有明の月に誓っているからこそ、鳥は声をあげて鳴いているのだろうに。)
望月の 山の端いつる よそほひに 君ぞ光れる 秋の空かな
(*作者注:元の句は源兼昌「永久百首」)
(満月が山の稜線を昇ろうとしている。その準備だとでもいうように、秋の夜空のようにあなたは明るく輝いているよ。)
君や来む われや行かむの いさよひに 真木の板戸も ささず寝にけり
(*作者注:詠み人しらず 『古今和歌集』 巻14-0690 恋歌四)
(あなたが来るか、わたしが行こうかとためらっているうちに真木の板戸も閉めずに寝てしまいました。)
君に逢う 宿の乱るる 秋草の 露ふむ庭に 立ち待ちの月
(*作者注:元の句は正徹)
(あなたに逢うために訪れた宿の庭の乱れた秋草の露を踏んで、月を待つようにあなたが来るのを待っています。)
夕月夜 さすやをかべの 松の葉の いつともわかぬ 恋もするかな
(*作者注:よみびとしらず 古今和歌集 巻第十一恋歌一490)
(夕方の月がさし照らしている岡の松の葉と同じように、いつまでともわからない、恋をしております。)
・・・・・・・』
全部で十数首の和歌が並んでた。
う~~~ん。
やたら『月』関係の和歌が多いなぁ。
『月』をお題にして恋の和歌を交換してるの?
『月』しばり?考えるのがめんどくさそうっっ!!
でも、藤原燕麻呂が言うようにひと月以内にこれだけ多くの恋文をやり取りしてるなら、恋人関係も普通よりは濃厚な方かな?
若殿が指を顎に添え、考え込んだと思ったら急に
「この和歌は全て、最近ひと月以内に詠まれたものということですね?」
藤原燕麻呂はキョトンとしつつ
「そうですが。」
「今までに、この扇を投げつけるなど粗末に扱いましたか?」
藤原燕麻呂は驚いたように目を丸くし首をブンブン横に振り
「いいえっ!まさか!彼女との大事な思い出を雑に扱うワケがありません!投げつけるなぞっ考えられないっ!」
若殿はまた意地悪そうにニヤっと笑い
「でも彼女の気持ちはあなただけのものではなかった?そうですね?」
今度は興奮で真っ赤を通り越し蒼白な顔色になった藤原燕麻呂がブルブルと唇を震わせ
「そ、そうです。他にも数人の恋人がいることは前々から承知していました。
しかし、最近は、ここ一週間ほどですが、彼女の様子がおかしいんです!
夜中に起き上がったと思ったら、苦しそうに喘ぎながら、月を眺め涙を流しているのです!
なぜ泣いているんだ?と理由を訪ねると
『もうすぐあなたとお別れして、遠くへ行かねばならないことを悲しんでいるのです。』
と息も絶え絶えに苦しそうに呟くのです!
私はいてもたってもいられず、
『私と結婚してこのまま京にとどまってくれ!』
と求婚しました。
しかし
『それはできません!行かなければならないの!』
と泣きながら首を横に振るばかりでした。」
う~~ん、何だかなぁ~~~。
やっぱり、アレ??
思いついたら口に出さずにいられない私は
「もしかして、源礼子はかぐや姫なんですか?!
だって若殿に『蓬莱の玉の枝』、藤原燕麻呂さんには『燕の産んだ子安貝』を要求したんでしょ?
他の人には『火鼠の裘(焼いても燃えない布)』『龍の首の珠』『仏の御石の鉢』を要求してるんじゃないんですか?
だから月に帰らなければならなくって、夜な夜な月を見て泣いてたんじゃないですか?」
ん?
でも若殿には要求といっても宇多帝の姫を人質にして無理やりだけど?
かぐや姫って、モテすぎて、貴族達に求婚されすぎて困って追い払いたくて、無理難題押し付けるって件だから、源礼子はかぐや姫とは全然違うけど。
藤原燕麻呂は私を目の端で睨み付けフン!とバカにしたように鼻で笑い、
「くだらないバカげたことを言うなっ!確かに彼女は子安貝が欲しいと言ったが、別れたいとは言ってない!ただ、遠くへ行かなければならないと言ったんだ!
もし、万が一、月から迎えが来るようなことがあれば、私が力づくで引き留めてやるっ!!」
最後は固い決意の表情で唾を飛ばして吐き捨てた。
だ~~か~~ら~~~~~っ!!!
竹取物語でも帝が近衛兵とか兵衛とか衛士とか六衛府を二千人動員して一生懸命かぐや姫を引き留めてたけど、結局ダメだったじゃん!
その時、サヤサヤという衣擦れの音と、独特の鼻をつく刺激的な香の匂いが漂い、出居と母屋を隔てた御簾の向こうに誰かがやってきた気配がした。
若い女性にしては低い、掠れ声で御簾の中から
「お待たせしました。源礼子と申します。そちらにいらっしゃるのは、藤原燕麻呂さんと頭中将様ですわね?」
(その4へつづく)