破天荒の女王(はてんこうのじょおう) その2
我々は右京でも南西の端にある、その屋敷に馬で向かった。
ところどころ朽ちた板塀に囲まれた屋敷に到着すると、馬をつなぎ、東門から入り、侍所で案内を乞うた。
案内してくれる雑色について中門廊を渡っていると、若殿が庭に視線を落とすので、思わず同じ方向を見る。
視線の先には、秋なのに緑色の七寸(21cm)ぐらいの長細い草が、庭中央の池に続く細い遣水周辺の、砂利がない部分一体に茂っており、葉の根元あたりには真珠ぐらいの大きさの濃い青色の丸いキレイな実をつけていた。
宝石みたいに表面がつるつるしてて光沢があり、手に取ってみたくなったけど、無関心にスタスタと先を急ぐ若殿の態度に、
『ダメだっ!子供の遊びじゃないんだからっ!ちゃんとついていかなければっ!!』
って自制した。
私って頑張ってる?エラい?
へへんっ!
雑色が出居に案内してくれるのについていくと、そこには既に先客がいた。
先客は我々の気配に首だけで振り向き、不審そうにジロジロと若殿を値踏みする目つきで見て、
「あなたは誰ですか?礼子の恋人?」
いかにも不機嫌そうに呟いた。
「藤原時平と申します。あなたは?」
「藤原燕麻呂と言います」
ブスッ!
と声に出したかしら?というぐらいつっけんどんに答えた藤原燕麻呂は、二十代半ばぐらいの、色白で頬のプックリ膨らんだ、目が紡錘形で端が吊り上がったいかにも『美男子』貴族。
狩衣の模様も流行を取り入れた色柄で、生地も高級そう。
藤原燕麻呂の横に座った若殿は面白がるように眉を上げ、意地悪そうに口の端を引き上げて笑い
「あなたも源礼子どのに求婚しにいらしたのですか?贈り物は何を持ってこられたんですか?」
藤原燕麻呂は怒りで真っ赤にした顔で若殿を睨み付け
「違いますっ!いや、求婚しに来たんですが、私と礼子は両想いの恋人同士です!付き合いはもう二月にもなりますっ!求婚の贈り物が何かですって?あなたに言う必要はないっ!!私こそ礼子の正式な夫になるべき男ですっ!!」
唾を飛ばし、焦ったようにまくしたてた。
若殿が廊下の端に控えてる私に向かって指でチョイチョイ!と合図するので、たすき掛けにしてた巾着から文箱を取り出して渡した。
若殿はそれを受け取り、蓋を開けて藤原燕麻呂に見せながら
「私はこれを源礼子どのに贈るつもりです。」
中身は職人に作らせた、枝が金、根が銀、実が真珠でできた、かの有名な『蓬莱の玉の枝』。
全長が五寸(15cm)ぐらいの小さいものだったけど、物語の誰かさんと違って支払いはちゃんとすませたみたい。
中を見て真っ赤な顔から血の気が引き、土色になった藤原燕麻呂はそれでもハッ!と気を取り直して顔を上げ、袂を探り絹の布に包んだものを取り出した。
包みを手に乗せ、布を一枚ずつ開きながら若殿に見せ、得意げに
「私はこれです!子安貝です!どうです!美しいでしょう?」
テラテラ輝く生成りの絹の布の上にのってたのは、鶏卵ぐらいの大きさの細長い半球状の、漆のように艶のある黒色の貝殻。
表面の透明な層の下には金で鹿の子模様をあしらってるように見えるけど、本物の貝殻?
わっ!キレイ~~~~っっっ!!
『漆黒に金箔』の高級美術品界最強組み合わせが天然にもあるのね!!??
テンションが上がりちょっと感動。
若殿は感心したようにウンと頷き
「そうですね。実は、私は源礼子どのとお会いしたことが一度もないんです。
どんな人ですか?あなたの他にもたくさんの恋人を通わせてらっしゃるんですか?」
そういえば、宇多帝の姫の命で脅迫してまで若殿を源礼子に求婚させようなんて、一体、誰の、何の企み?
全くの謎。
藤原燕麻呂は若殿が源礼子の恋人ではないと聞いて安心したようにホッ!ため息をつくと
「ええ。まぁ、そうです。私はせいぜい二月前から通い始めたんですが、礼子は尊い血筋な上に美しいばかりでなく、気が利いて愛嬌もある完璧な女子ですから、恋人はおそらく途切れたことがありません。
今も男が何人通っているやら!
私が他の男と別れて欲しいと頼んでも、話をそらされたりやんわりと躱されるのです。
ですからいつ、私に飽きて捨てられるかと心配で心配で、いつもピリピリと気が張って神経が休まるときがありません!」
口をとがらせて愚痴を言う。
気苦労を重ねても、ぷっくりした頬がやつれるほど、では無さそう。
藤原燕麻呂はまたガサゴソと狩衣の袂に手を突っ込んで探り何かを取り出し
「それにこれっ!見てください!私と礼子は一月前から、こんなに熱烈な恋文をやり取りしてるんですよっ!なのにっ!
私だけを夫にする決心をしてくれないなんてっ!!何てつれない人だっ!」
(その3へつづく)