暗中飛躍の黒蛇(あんちゅうひやくのくろへび) その5
はぁ?
何ソレ?
そんなことわかるわけないでしょっ!
占い師か何かと思ってるのっ??!!
イラっとしつつ若殿を見上げ
「いくら何でも無茶振りですよね?わかるわけないですよね~~?」
ちょうどそのとき帷をめくってさっきの僧侶が入ってきた。
「どうだい?誰か合格したかい?」
僧侶は話しながら入ってきて、若殿と私の存在に気づきハッとしたように
「やぁ!これは先ほどの若君ですね。なぜここにいらっしゃるのですか?」
引きつった笑みを浮かべた。
若殿は僧侶を指し示し、黒水干男に向かって
「紹介しましょう。彼が先ほど失踪した水池です!」
高らかに宣言した。
はぁっっ?????
なぜっっ??!!!!
独楽回しがイヤで突然出家??!!
聞いたことも無いっっ!
信じられない気持ちでいっぱいになりながら
「若殿っ!いくら何でもこじつけですっ!!偶然控室に帰ってきたからって水池とは限らないでしょっ!!しかもなぜ僧侶になったんですかぁ??そしてなぜ戻ってきたんですかっ??全く意味が分かりませんよっ!!」
若殿は面白そうに眉を上げ、『では説明しよう!』というように手をこすり合わせて話し始めた。
「まず、『一』が終わったあと、水池は急いで衣装を脱ぎ、下着姿で僧坊へ向かい髻を切り落としたあと剃髪し、用意していた墨染の裳付衣に着替え僧侶姿となった。その後、散楽見学にきたあちこちにいる私くらいの年齢の若者に話しかけてまわった。」
ハッ!
気づいた私が
「あのっ!!僧坊の縁側においてあった、黒蛇と見間違えた髪の毛の束ですね!一本に固めてあったのは水池の髻だったからですかっ!!へぇ~~~~っっ!!」
感心して納得。
水池だと名指しされた僧侶は眉を寄せ真剣な表情で
「では、なぜ、私がそのような行動をとったか分かりますか?」
若殿は肩をすくめ
「さぁ?はっきりと断言はできませんが、『黒蛇衆』という集団に関係しているんでしょう?
例えば、今回の公演に違和感を感じ、失踪の謎を解明できることが入団の条件だとか。
つまり、あなた方は不特定多数の人々、特に若者を希望していたようですが、人々の中から公演中に示された謎を解明し、それを指摘するだけの好奇心・洞察力と行動力を持つ人間を『黒蛇衆』に加えようとしていたんじゃないですか?」
はぁ?!!
募集を公表せずに、『黒蛇衆』の入団試験をしてたの?
私が髻を黒蛇に見間違えて若殿に報告するという妙技がなければ若殿は水池が僧侶になったことに気づかなかったでしょっ!!
ちょっとは褒めてよっ!!
水池は剃りたての頭が涼しいのが気になるのか、ツルツルの頭を撫でながら
「今回の合格者はあなた一人のようですね。お名前は?」
黒水干男が耳打ちすると水池はニヤッと含み笑いし首を横に振った。
「いいえ。偽名はいけません。高梨があなたのことを『とうのちゅう』と呼びかけてやめていましたね?つまりあなたは頭中将どの。関白太政大臣・藤原基経どのの嫡男、藤原時平どのですね?」
若殿が水池をジッと睨みつけながらウンと頷いた。
水池は
「さすがに、未来の太政官とも目される若き精鋭を『黒蛇衆』に勧誘するわけにはいきませんね。今日のことはすべて忘れてください。ではもう話すことはありません、お帰りください。」
出口に手を差し伸べして示した。
出口に近づいた若殿は出ていこうと帷に手をかけ、何かを思い出したように振り返った。
「褒美と言っては何ですが、教えてくださいませんか?『黒蛇衆』の背後にいるのは、ここxx寺と同じ華厳宗派の南都の権門で、『黒蛇衆』は諸国の動静を探るのが主な仕事ですか?」
水池は静かに頷き
「そうです。朝廷に危害を加える集団ではありません。誤解なさらぬよう。」
急に立ち止まった若殿の背中に、鼻を埋めてた私は、歩き出した若殿について控室から外に出た。
帰り道
「華厳宗の南都の権門って東大寺のことですか?」
若殿は難しい顔つきで
「そう。黒蝮が竜神になるには千五百年かかる(*作者注:『本草綱目』「蛟龍」)というが、毘盧遮那仏が建立されて(752年)以降、奈良法師たちがお主上に肩を並べるほどの権力集団へと成長するのにかかった年月は、たった百五十年足らずだったな。」
呟いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
宗教権力(日本の寺院、ヨーロッパのキリスト教会)と世俗権力(日本の朝廷、ヨーロッパの王国)の対立が中世では洋の東西を問わず共通であることなど、人類の歴史って面白っ!て思います。