暗中飛躍の黒蛇(あんちゅうひやくのくろへび) その4
若殿もニヤッと口の端を上げ
「ええと、雅楽の演奏者うちの一人、おそらく笙の奏者が、出番前になって突然、姿を消したのではないですか?」
黒水干男は黒姫やほかの舞楽人たちに目配せしウンと頷くと
「ほほう。なぜそう思われました。」
「竜神が死ぬ場面の演奏です。あの曲は律の黄鐘調でしょう?笙を加えた三つの吹き物がなければ聞き心地の悪いものとなります。笙を吹くはずだった奏者がいなくなったとしか思えません。」
えっ???
そうなのっ?!!
全っっっ然っ気にならなかった!
何なら竜神激怒!の背景に嵐まで想像できたけどっっ?!!!
黒水干男はウンウンと頷き
「そうです。あなたの言う通り、笙を吹くはずだった水池という男が失踪したのです。
我々は六人で全国各地を興行しております。
独楽を回した四人が龍笛・篳篥・笙・太鼓の演奏も担当したのです。
そのうちの一人が水池ですが・・・・なぁ、一体、水池はいつ失踪したんだ?」
最後は舞楽人姿の一人に向かって話しかけた。
話しかけられた下げみづらの舞楽人姿の一人は、緑色の袍を脱いだらしく、白い筒袖の下着の胸元からモジャモジャの胸毛を見せてた。
その胸モジャ男が
「そういえば、水池がいないなと思ったのは最後の演奏のときだなぁ。失踪はその直前じゃないか?」
長く一緒にいると仲間の行動に無関心になるのは必定。
私も若殿が普段何してるのかに興味ない。
他の舞楽人二人も口々に
「そうだなぁ、黒姫が髪の毛を池に投げ入れる場面で水池が独楽を回して歩く役だっただろ?そのときにはまだいたってことだから、失踪はその後だろう。」
「じゃあやっぱり最後の竜神が死ぬ場面の直前にどこかに行っちまったってことになるな」
ええっと、水池の動きを明らかにするために場面ごとに整理する。
若殿にも聞こえるように声に出してみた。
「ええと、整理するとぉ、
『一』、黒姫が竜神に愛の告白をされるけど断った場面。舞台に出てたのは、黒姫、竜神、独楽回しの舞楽人が四人。
『二』、黒姫が髪の毛を切り、池に投げ込む場面。出演は黒姫と独楽回しの舞楽人が一人。
『三』、竜神が髪の毛と刀子を飲み込み死ぬ場面。出演は黒姫と竜神。控室で演奏は独楽回しの舞楽人のうち三人。
『一』で独楽を回してた舞楽人四人のうちの水池が失踪したせいで、最後の『三』での演奏がお粗末なものになったというワケか。
フムフム。
でも水池は『二』で独楽を回して黒姫の周りを歩いてたってことは、そのときまではいたってことだから、やっぱり『二』と『三』の間で失踪したんですよね?
アッ!!
確かに『一』のうち一人と『二』の舞楽人は冠を被ってました!
つまり冠被り舞楽人が水池ってことで!!
ここに疑問はないですよねぇ~~。」
若殿が顎に指を添え、う~~~ん、と唸ると
「いや、そうじゃない。水池は『一』の直後に失踪したんだ。」
はぁ?
「なぜですかっ??!!『二』で独楽を回してた冠舞楽人は水池でしょ?仲間がそう言ってたじゃないですか!」
若殿はウウンと首を横に振り
「『二』での独楽の回す方向が『一』とは違った。『一』では四人とも独楽を左回りに回転させていたが、『二』では右回りに回転させていた。つまり『一』の四人以外の誰かが『二』で回していたんだ。体で覚える曲芸に関して一度身に染みついた技のやり方を急に変えることはできない。左回りに独楽を回してた人物が突然右回りに回せるとは思えないからな。」
言われてみると確かに『二』で違和感があったけど、そうなのかぁ!!
独楽を回す方向が逆?
う~~~ん、思い出してみてもよくわからないなぁ。
「じゃあそれが本当だとしたら、外部の人間がいきなり舞台に乱入して『二』で独楽を回したんですか?いくら白仮面をつけてたからって仲間が気づかないんですか?まさかぁ~~!」
嘘でしょっ!
の意味を込めて不満を鳴らす。
若殿が黒水干男に向かって目を細めて微笑み
「違う。『二』で、独楽回しの舞楽人は、控室の帷から出てくるところを観客に見られていた。
それ以前に外部の人間が控室に潜り込み、舞楽人の衣装に着替えて出演するとなると、さすがに仲間の誰かが気づくはず。
では散楽集団の中で独楽を回すことが可能だった人物とは?
黒姫は出演中、舞楽人三人は左回りに独楽を回すから、残る一人は竜神役のあなただけ。
つまり『二』で独楽を回したのはあなたですね?
だから『三』で竜神が出てくるのが遅れた。
舞楽人の衣装を脱ぎ、袴はそのままでも髪は髻をほどきザンバラにし、竜神の衣装を身につけるには、ある程度の時間が必要だった。」
確かに!
『二』のあと、黒姫が一人でつないでた変な間があった!
あのとき黒水干男が必死で着替えてたのかぁ~~~!!
髪をザンバラにし、緑の袍を脱ぎ、黒水干は少なくとも着ないとダメだし。
袴は舞楽人のそのままだから白にかわってて、急いでたから黒水干は帯もせずダランとしてたのか!
激怒竜神調整じゃなかったのね!
納得!
でも黒水干男は竜神演技だけじゃなく独楽も回せたのね!
何気にスゴイっっ!
黒水干男は満足したようにウンウンと大きくうなずき、ウ~~ンと唸りながら腕を組むと、上から下まで若殿を舐め回すような視線を走らせると
「はい。その通り。なかなかやりますね。
実は、ある目的のために、水池の代役を引き受けたんです。しかし、実際は着替えだけでも時間がかかる上に竜神の演技に独楽回しと、思ったより煩雑でやることが多く、忙しくて大変でした!
では『一』のあと失踪した水池は今どこにいると思いますか?」
(その5へつづく)