暗中飛躍の黒蛇(あんちゅうひやくのくろへび) その2
拍子木を地面に置き、振り向いたばかりの黒水干男が高らかに答える。
「確かに私はこの池の主です。でもあなたを好きになったこの想いは妖であろうが人であろうが例え神であっても、同じではありませんか?」
このとき、二人の後ろに均等に間隔をあけて並んで立っていた白仮面をつけた四人の舞楽人たちが、輪鼓独楽を回し始めた。
片方の棒を上げ、独楽が回転しながら紐を伝って落ちれば、反対の竹棒を素早く上げて紐を戻し、再び回転を与えるを繰り返し、独楽が速く回転し始めた。
独楽の直径一尺(30cm)ぐらいの円盤には白地に黒い太線で渦巻が描いてあり、回転にあわせてグルグル回るのでじっと見ると目が回りそうな怪しげな気分。
黒水干男が両手を高くあげ、一段と声を張り上げ
「どうか私の妻となり、この池のほとりで暮らしましょう!その間、私の力であなたの村には一切の水害、干ばつが起きないようにしてあげましょう!」
黒姫は袖で口元を押さえ、顔を伏せながら
「いいえっ!!あなたが・・・あなたが人でないならば、私は嫁ぐことはできません!」
舞楽人たちが目配せしたと思うと、二人ずつ二組で独楽を高く投げ上げ、交換して受け取る曲芸を始めた。
オオッッッ!!!
観客から歓声が上がり、私も思わず
「わっ!凄いっ!」
パチパチ拍手する。
黒水干男は歓声と拍手が静まるのを待ち、黒姫をおおきく振りかぶって指さし、また低い・いい声を響かせ
「何っ!私を拒絶すると言うのかっっ!!!たかが人の分際で!!
・・・・・・・よし、わかった。
どうしても嫁がぬというなら、お前とお前の村を祟ることのしよう!まずは毒蛇を村中にはびこらせてやるっ!!それがすんだら大雨をふらせ、濁流で田畑・家々を押し流してやるっ!!
どうだ?これでも嫁がぬのか?
んんっっ!?
そうかっ!!
それなら覚悟しておけっ!はっはっはっ!」
怒ったり笑ったり忙しい演技をしたあと、黒姫が何か話し始めたけど、急に用足しに行きたくなった私はその場を離れ、厠を探そうとウロウロする。
まず、人だかりを超えた北側にある本堂をめざし、西側を通って人混みをかき分けて進んだ。
本堂に到着し付近を見渡すも厠らしき小屋が見当たらず、さらに焦ってウロウロ歩き回りその辺の見物客を捕まえてやっと聞き出し、本堂の南側を、見物客の間を縫ってxx寺の敷地の北東端にある厠へ急いだ。
厠から出ると目の前には北端に位置する僧坊と思われる建物があった。
御簾が下りて室内は見えないが、僧坊の縁側には、黒い蛇?が白い紙の上にいるように見えたので、
珍しっっ!!黒い蛇なんて見た事ないっ!!
テンションが上がり、ササッと駆け寄った。
縁側に白い紙が置いてあって、てっきりその上に黒い蛇がいるもんだと思ったのに、そこにあったのは長い髪の毛を束ねたもので、片端は括ってあり、ウネウネと波打たせておいてあったから黒蛇にみえただけ。
固まって一本になってるのも紛らわしい原因だった。
何コレ?
椿油(整髪料)かなんかで固めてあるの?
髢(女性が髪を垂らすために補った付け毛)?
なぜここにおいてあるの?
疑問だらけだったが、はやく『黒姫伝説』の続きを見なくちゃ!
って気になって、その場を離れた。
また人の間を縫って若殿のそばまで戻ると、高梨と若殿の間に墨染の裳付衣姿の見知らぬ僧侶がいて二人と話をしてた。
私が若殿のそばに到着すると僧侶は
「では、これで失礼します。」
と立ち去ったが、見るともなく見てると、他の狩衣姿の若者にも声をかけてた。
人垣が作った円形舞台の真ん中では、黒姫だけが話してて、いつの間にか黒水干男と独楽回しの舞楽人たちはいなくなってた。
水色の布を地面に敷き、そばで黒姫が刀子を尻までありそうな長い髪の毛に当てながら
「ああ!どうか激しい怒りをおさめてください!村の人たちにこれ以上危害を加えるのはやめてくださいっ!!
あなたがもたらした川の氾濫で、大勢の村人が濁流にのまれて行方知れずになりました!
あなたがはびこらせた毒蛇で、大勢の村人が毒に侵され苦しみながら息絶えてしまいました!
この自慢の黒髪を私だと思って、身代わりに愛してください!
この黒髪を池に捧げます!
これ以上私たちを苛まないでくださいっ!!」
池の主の怒りを鎮めるための生贄に捧げるのが髪の毛だけ?
命じゃなくて?
軽くない?
そんなんで主の怒りがおさまるもの?
アレ?
さっきの黒髪の束も誰かがxx寺に捧げたの?
お祓いのための依り代?
災厄を髪の毛に移して、それを焚き上げることで本体の身体を清めて厄払いできるって聞いたことがある。
災難にあったとか病気になった人が髪の毛を切ってお祓いしてもらうためにお寺に収めたもの?
舞台では黒姫が髪の毛を切ったふりをし、毛束を髪の毛の中から取り出して刀子と一緒に水色の布の中に放り投げた。
そのとき控室の出入り口の帷が揺れ、白い仮面をつけ輪鼓独楽を操る先ほどの舞楽人が一人現れた。
黒い冠を被ったその舞楽人が黒い渦巻を描いた独楽を、黒姫の後ろで回し始めた。
今度は独楽を回し続けたまま黒姫の周りをゆっくり歩く。
黒い渦巻が観客にしっかり見えるように気を使いながら歩いている。
不安な感じを表現してるのかな?
分からなくもないけど、もっと他にもいい演出がありそうだけど。
相変わらずグルグル回る太い黒い渦巻を見ると、目が回りそうなのと、怪異に取りつかたような胸がムカムカする気分。
それに、さっきの独楽回しとどこかが違う?という違和感があった。
はっきりは分からないけど・・・・何かが違う!気がした。
(その3へつづく)