昔日の夜這星(せきじつのよばいぼし) 前編
【あらすじ:妻を寝取られた権中納言はその間男を突き止めようと三人の貴族を呼び出した。
それぞれがかばいあう優しい人たちだが、時平様は真相の匂いを今日もキチンと嗅ぎ分ける。
】
私の名前は竹丸。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭・藤原時平様に仕える侍従である。
歳は十になったばかりだ。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を若殿は溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は夜這いといっても純愛はある?というお話。
ある日、大殿が
「権中納言子寅が主催の歌合があるらしい。ごく小さい規模のものらしいが、お前も嗜みとして勉強させてもらえ。方人(歌合の歌を提出する者)の一人に加えてもらえるように頼んであるから。」
と言うと若殿は
「私は、風雅を解しませんが。その、恥をかくだけかと思います。」
と奥ゆかしい。
だけど、大殿が
「構わん!何事も経験じゃ!つべこべ言わずに行け!」
と命じたので、例によって私と若殿は権中納言の屋敷へ向かった。
在原行平様が主催となって三年前に催した「在民部卿家歌合」が都で評判になって以来、様々な貴族が歌合を催したがった。
聞くところによると、歌(和歌のこと)を詠むのが得意な歌人は、歌合には肩を回して前のめりに参加するが、若殿のような不得意な人は詠み手としては参加しないのが普通。
お題も知らず、何の準備もしてないけど大丈夫かなと思いつつ、権中納言の屋敷につくと権中納言がでてきて、
「頭中将殿。本当にいらしたのですか。」
と少しあきれたように言う。
権中納言子寅様は四十前半ぐらいのお堅そうな貴族で、流行に飛びつきそうなイメージもないので歌合を主催して喜んでる感じもない。
権中納言は続けて
「実は、歌合はある貴族達を呼び出す口実でして、本当に催すわけではないのです。でもまぁせっかくいらしたのですから、同席して第三者の目で公平に判断していただきたい。」
と仕方なさそうに言った。
若殿は明らかにほっとした顔で
「そうですか。では、何の催しかは知りませんが、私でお役に立てることがあるならお邪魔させてもらいます。」
と奥に通された。
主殿には宗岡春枝、御崎蒼馬、紀鶯宿 という三人の貴族が既におり、それぞれと軽く会釈を交わした。
宗岡様、御崎様、紀様は年齢も背格好も似ていて、今が仕事も遊びも充実しているといった感じの二十代後半の貴族達だ。
私は若殿に
「一体なぜ権中納言は三人を呼び出したんでしょう?大殿はこんな内輪な集まりになぜ若殿をねじ込んだんでしょう?」
「さあな。父上の交友関係の広さと早耳は朝廷随一だからな。どこかで何かを少し聞いたレベルで私を間者に送り込んだ可能性もある。」
「この人たちの間に何かもめ事があるってことですか?」
「聞いていればわかるさ」
とヒソヒソ話を終えると、権中納言は居並ぶ宗岡様、御崎様、紀様に向かって
「皆さまにお集まり願ったのは実は、歌合のためではありません。特に宗岡様、御崎様、紀様のお三方に話を聞きたかったのです。」
と言いながらギロッとにらみつけた。
三人は何のことかわからないという風にキョトンとしてお互いに顔を見合わせていたが権中納言は続けて、
「この中に一週間前、私の妻と不義密通した男がいる。」
と静かだが怒りをにじませた低い声できっぱりと言った。
えーっ!権中納言は妻の浮気相手を呼び出してこれから直接対決するつもりなのか!そんな面白い場面にちょうど立ち会えるなんて大殿ナイスッ!!
と一人でワクワクしていると宗岡様が
「何かの間違いじゃないんですか?私には身に覚えがありません」
というと、御崎様と紀様も
「そうです!」
「私も!」
と口々に声を上げる。
権中納言はまたギロッと三人をにらんで
「うちの雑色が一週間前、怪しい男が妻の房から出ていくのを見たと言っている。その風貌が似ている男の名前を挙げさせるとあなた方三人だったというわけです。」
「でも!私じゃありません!」
「そうです!その雑色の見間違いでしょう!」
「何の証拠があって疑うんですか!」
と貴族達が反論する。
「証拠はうちの雑色である浪速益荒男が見たと言ったことと、間男が妻に送った文がある。」
宗岡様が今気づいたというふうに
「あぁ!それなら、北の方に直接男の名を訊ねればいいじゃないですか!すぐ誤解が解けますよ」
「妻は死んでも名を言わないと言っている。もし相手の男に何かあったら一緒に死ぬ覚悟だとまで。そこまで女に言わせて逃げる男なんて卑怯な臆病者以外の何物でもない!今すぐ名乗れ!」
と権中納言は激怒した。
三人は黙り込んだ。
私はワクワクが止まらなかったが若殿を見ると深刻な顔をしているので、目の輝きを抑えるべく真似して真面目な顔を作った。
権中納言は文を袂から取り出して
「これが男が妻に送った文だ。お前たちの書いたものと見比べたところ一番似ていたのは・・・お前だ。」
と宗岡様をにらみつけた。
宗岡様は飛び上がって驚き慌てて
「そんな!濡れ衣です!誓って北の方と何も関係がありません!」
と言う。
そこへ御崎様が
「思い出しました!一週間前といえば宗岡は夕刻にうちにきて朝まで飲み明かしました。その証拠に彼は当日の私の衣の色を知っています。
ねぇ?宗岡、寅の刻ごろ話した明日香への旅の話題で盛り上がったじゃないか」
宗岡様がはっとして
「そうそう!確かあの時の御崎は何色の狩衣を着てたかというと・・・」
権中納言は険しい顔で
「まて!口裏を合わせるつもりだな。御崎、この紙に何色か書け」
御崎様が権中納言に渡された紙に書いた。
権中納言は宗岡様に向かって
「何色か言ってみろ」
宗岡様は息をのんで
「確か・・・白でした」
権中納言は紙を確認して
「合っているようだが、それだけでは密通してないとはいえないな。それに御崎、お前も宗岡をかばって怪しい。」
紀様が割り込んで
「御崎には長年、親しんでいる恋人がいます。彼はその恋人一筋で今まで一度も浮気したことがないのです。それと彼の恋人はあなたの北の方と全然違うタイプの女性です。」
と言い、御崎様と頷きあった。
権中納言は今度は紀様をにらみつけ、
「お前はなぜ私の妻を知っている?あったことはないはずだろう!お前が間男か!」
と紀様の胸ぐらをつかんだ。
紀様は顔を真っ青にしてブルブル震えたが、そこへ宗岡様が
「鶯宿の友人にあなたの北の方の侍女がいるので知っているのです!」
とフォロー。
権中納言は再び宗岡様をにらんで
「お前たちはかばいあって、何かを隠しているのか?一緒になって何を企んでいる。」
と三人を順番にねめつけ震え上がらせた。
私は整理しようと考えてみる。
・・・まず宗岡様と御崎様が朝まで一緒にいたなら、間男は宗岡様と御崎様ではない。
じゃあ紀様か?でも紀様ならなぜ御崎様をかばって自分が疑われるような真似を?
三人とも仲良しなのかな?
その線はある。
三人ともそれぞれ誰かをかばう発言をしてるので。
と私がモヤモヤと考えてると若殿が
「私が質問してもいいですか?」
と権中納言にきくと腕を組んで三人をにらみつけていた権中納言は
「それで、間男が分かるならやってみてください。」
と静かに呟いた。
(後編へ続く)