暗中飛躍の黒蛇(あんちゅうひやくのくろへび) その1
【あらすじ:お芝居仕立ての散楽を見学できるというので喜んで時平様にお伴すると、演者たちに何やら不慮の出来事が続いたようで手際が悪い。雅楽の演奏にまでケチをつける時平様の行動は、実は誰かに切望されてたですって?私は今日も無意識下の違和感の原因に気づきそうで気づかない!】
私の名前は竹丸。
歳は十になったばかりだ。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭兼右近衛権中将・藤原時平様に仕える侍従である。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は『蝮が時を経て龍になり空を飛ぶ』は『恐竜が時を経て進化して鳥になり空を飛ぶ』ってこと?というお話(?)・・・・ではないです。
酷暑の名残を昼間の日差しに残しつつ、朝晩は冬のように冷え込むようになったある秋の昼下がり。
朝政を終えて帰宅した若殿が
「xx寺で、『黒姫伝説』という演目で散楽(日本の奈良時代に大陸から移入された、物真似や軽業・曲芸、奇術、幻術、人形まわし、踊りなど、娯楽的要素の濃い芸能の総称)が行われるらしいが、一緒にいくか?」
は?
何っっ?
『黒姫伝説』って聞いたことない!!
でも楽しそっっ!!
「モチロンっ!!行きますっっ!」
京の南東の街はずれにポツンとある板塀に囲まれたxx寺の、中門をくぐると、何かを取り囲む人だかりができてた。
人だかりの向こうには本堂のと思われる屋根が見える。
人垣をかき分けて中に入っていくと、直径・三丈(9.15m)ぐらいの空間をぎっしりと人の輪が取り囲んでいる。
その中心には、黒い水干・灰色の括り袴に萎え烏帽子姿の三十代ぐらいの男が立って観客に向かって大声で話していた。
「さて、皆さま、間もなく本邦初公開!『黒姫伝説』を開演いたします!この演目は、信濃国で実際にあった竜人と豪族の姫との悲しい恋物語をもとにしております!ではお楽しみください!」
パチパチと疎らな拍手のあと、人垣が作った円形舞台に、五人の演者が東側の幕で囲った場所から現れた。
その幕で囲った場所には屋根が無く、側面に布が張り巡らされていて、出入り口となる西側には帷が吊り下げてあり、それがヒラヒラと揺れて演者の五人が次々と出てきた。
おそらく控室?
演者のうち一人は女性で、下げ髪に紫色や桃色を重ねた単・袿は地面に引きずっているけど、紅い袴の裾は括ってある独特の恰好。
この人が黒姫なのかな?豪族の姫とかいう。
演者のうち三人は、頭に花の小枝をさした金色の鉢巻をつけ、下げみづらで、緑色の袍に白い指貫(袴)の舞楽人風姿。
残る一人は、髻を簪で止付けるタイプの、官人が被る黒い冠を頭に被ってる以外は他三人と同じだった。
少し変なところは四人とも目の穴があいた真っ白な仮面を顔につけ、先に紐がついた棒を両手に持っていて、その紐には鼓のような形のものがくっついてるところ。
鼓のようなものを指さし若殿に
「あれは何ですか?」
若殿は眉を上げ、面白そうに目をクリっとさせ
「あれは輪鼓独楽だ。中央の括れたところを紐の上で転がして回転力を与え姿勢を安定させ、投げ上げたり受け止めたりする曲芸が見られるぞ。」
「へぇ~~~!!楽しみですっ!!」
目を輝かせて見てると、若殿の隣に、同い年ぐらいの狩衣姿の男性が割り込んできて肩を並べた。
「やぁ!雑色姿だから誰かと思ったら頭中将どのじゃないか!散楽を見に来たのか?それともやっぱり黒蛇衆に関係があると思うか?」
最後は声を落としてヒソヒソと呟いた。
若殿はキョトンとして
「ああ、高梨どのか。黒蛇衆?とは何のことだ?この散楽集団が何か企んでいるのか?」
高梨は驚いたようにパッと目を見開き若殿をチラッと見ると、肩をすくめ
「まぁ、知らなくても仕方がないか。お前は関白殿の長男だから将来に不安が無いからな。でもオレは黒蛇衆に入りたいよ。タダで全国を遊行できてしかも給料ももらえる。最高じゃないかっ!」
えぇっっ??!!
そんなにイイ職業があるの??!!
私もなりたいっ!!
若殿が質問しようと口を開きかけたとき、『黒姫伝説』の始まりを告げる拍子木の音が鳴り響いた。
カンッ!カンッ!カンカンカンカン・・・・・・!
だんだん速くなる調子に胸のドキドキも高まるっ!!
観客が舞台に注目すると黒姫が話し始めた
「あの日、岩倉池のほとりであなたに出会って以来、あなたのことを片時も忘れられません!父上がおっしゃるには、それは魔性のものだから憑りつかれているに違いない!今すぐ別の男と結婚させると!ああ!私はどうすればいいのでしょう!」
(その2へつづく)