応身の厨子(おうじんのずし) その4
少しすると、主殿に全員が集まり、八支正道と若君が座所の畳に座った。
侍女と正見は母屋に入ることを躊躇っていたが、若殿が招き入れ、八支正道たちと向かい合う位置に座らせた。
私はその中間に、彼らを両手に見る位置に座った。
今年五歳という若君は、水干・括り袴に下げみづらを結ったいかにも貴族の童!って感じの可愛らしい姿だったけど、一つだけ目を疑うものを頭に被ってた。
それは女性が外出する時に被る市女笠で、笠の縁にはスケスケの虫垂衣がついてる。
家人は誰一人それを指摘しないので、皆は普段から若君のその恰好に見慣れてるのかも。
室内なのになぜ?
顔を隠したいの?
人見知りとか?
気になったけど、若殿もそれに触れないので私も黙っておく。
若殿が私の対面に立って、一通り皆を見回した後、話し始めた。
侍女に向かって
「北の方が亡くなった姿を見ましたね?衣におかしなところはありませんでしたか?」
侍女は少し思い出そうとする仕草をし
「そうですわね、おかしいと思ったところは、単衣と袿が腰の部分で重なって、たくし上げたようになっていたことですわね。」
若殿はウンと頷き、続けて、
「それと草履が沓脱にあったんじゃないですか?」
侍女がびっくりしたように
「そう!そうですわ!普段、外出なさらないときは靴箱にしまってありますのに!あの日は沓脱にありました!」
若殿は満足そうに微笑み、両手を擦り合わせながらもう一度、皆の顔を見回した。
「では、まず、侍女が聞いた声の持ち主ですが、その答えは、
『床に落ちた十数冊の経本はどこから来たのか?』
と
『なぜ書棚で経本を探していた侍女のすぐ近くから声が聞こえたのか?』
の理由を考えれば簡単です。
声はあの、豪華な厨子の中から聞こえたのです。
そしてあの厨子の中には、その時、何があったと思いますか?」
眉を上げ、面白そうに皆に問いかけた。
う~~~~ん。
と考え、
あっ!
思いつき、手を挙げた。
「はいっ!経本ですっ!!ということは、経本が物の怪となって声を出したんですねっ!!
『銅の提(つると口がついた酒や水をそそぐ容器)の精が赤い五位の袍を着て、貴族のお屋敷をうろついた』という話を聞いたことがあります!(*作者注:「今昔物語巻二十七第六話 東三条の銅の精、人の形となりてほり出ださるる語」)
長年大事にすると物には魂が宿り、人のようになることがあるんですって!
経本も大切にされたので人の形になり言葉を話し始めたんです!
そして厨子の中から外に出ようと歩き出して転げ落ちたから下に散らばってたんですっ!!」
どーだっ!すべての辻褄が合ってるっっ!!
興奮で顔が熱くなった。
完っっっ璧っ!な推理なのに褒めてもくれず、若殿は私から目をそらし八支正道を見つめ
「というような不確かな物の怪などのせいではなく、厨子に潜んでいたのは、そこにいる若君です。
厨子の中の経本を床に放り出し隠れた。
ねぇ?そうでしょ?」
市女笠の若君に微笑みかけた。
若君は自分に話しかけられたことに気づいているのかいないのか、横を向いて八支正道から与えられた扇を開いたり閉じたり、仲骨に指を入れてみたりといじって遊んでばっかりで、質問に答えない。
横に座る八支正道がジリジリと苛立って、怒りを含んだ声で若君に向かって
「どうだっ?答えないかっ!!厨子に入って遊んだのかっ?侍女を脅かしたのかっっ??!!全くっ!大事なものなのにっ!なぜそんなことをしたっ!!おいっ!ちゃんと答えろっ!!」
五歳の子に厳しく問い詰める。
若殿もそれを遮らず、八支正道は唾を飛ばしたり、腕を掴んで揺さぶったりして、若君を怒鳴りつけるので、だんだんその空間全体がピリピリとした緊張感に包まれた。
いい大人が小さい子を叱りつける怒声に耐えきれなくなって口を開こうとしたとき、どこからかボソボソ話声が聞こえた。
(その5へつづく)