応身の厨子(おうじんのずし) その3
八支正道が
「ええと、息子が今五歳なので、六年前です。妻が二十二の歳に結婚しました。両親は他界しましたが、この屋敷は妻が受け継いだものです。」
フムと頷いた若殿は八支正道を見つめ口元に笑みを浮かべ
「あなたを疑うわけではありませんが、逃げていく間男を見た者はいますか?いるなら、話を聞きたいんですが。」
八支正道は驚いたように目を丸くし、少し眉間にしわをよせ、若殿を睨み付けたあと不機嫌そうに
「わかりました。その者たちをここへよこしましょう。私は別の対で少し休ませてもらいます。」
あら~~~?!!
不快な気持ちにさせちゃった?
今後の付き合いにひびくのでは?
大丈夫??!!若殿っ!!
しばらくすると、主殿に二人の雑色がやってきた。
一人は侍所で客人の応対をする雑色・正見。
「ええ。殿の叫び声が聞こえるやすぐに、侍所から飛び出し、急いで東門から外へ駆け出しました。路に一人の男が屋敷の方を眺めて立ってて、男は私を見ると慌てて、北へ向って走って逃げました。しばらく追いかけましたが、二町(240m)ほど追いかけたあたりで見失いました。」
もう一人は、北側の板壁の補修を行ってた雑色。
「はい。北東の角の壁を補修してたんですが、男が小路を北に向かって逃げてきて、その後を正見が追いかけてきました。追いかけようかと少しは思いましたが、私の仕事は壁の補修ですから。足も遅いので役に立たないかと思いまして、諦めました。」
『それが何か問題ですか?』と言わんばかりに肩をすくめる。
ぽっちゃりしてるのも似てるし未来の私なら言いそうな事を言う。
二人が立ち去ったあと、若殿に向かって
「八支正道の言ったとおりですよねぇ!間男が北の方を殺して、その怨霊が塗籠に居憑いてるんです!!」
若殿は怪訝な顔をし
「あの会話の意味は?間男が北の方から自分が贈った宝石を取り返そうとし、手放さないから殺したのか?」
う~~~ん。
確かに殺して奪うほど一度贈った宝石に執着するだろうか?
寝てる間にコソっと盗んで逃げて以後、通わなければいい。
もしかして、あの『珠』の意味は・・・・と考えハッ!と思いつき
「わかりました!あの会話の意味がっ!!事件現場を見た家人に話を聞きましょうっ!!!」
私の年に一度あるかないかの鋭い閃きに恐れをなした若殿を引きつれて、もう一度、正見に話を聞きに行く。
「北の方が死んだとき、当時四歳の若君はどこにいたんですか?母君のそばにいたんじゃないですか?」
正見は少し考え、思い出したようにウンと頷き
「そう、そう!確かそう聞いてるよ。殿の怒鳴り声を聞いてすぐに主殿に駆け付けた侍女の話では、若君は動かなくなった母君の体にすがりついて泣いていたとね。可哀想な事だよ。」
よしっ!!
これで推理の糸がつながった!!
私がほくそ笑んでいると若殿が冷たい声で
「もしや、『私の珠を返せっ!』の珠は宝石の『玉』じゃなくて息子だと言いたいのか?」
ええっっ!!!
若殿も気づいてたのっっ?
先に言ったもん勝ちだっ!!
慌てて
「そうですっ!!
つまり間男は別れるときに自分の息子である若君を連れ出そうとしてたんです!
北の方が
『イヤよっ!あんたのじゃないわよっ!』
と答えたのはもちろん八支正道の息子だからです。
北の方は結婚してすぐに間男と関係を持ったんでしょう。
間男は若君が自分の子だと思っていた、か、北の方にそう言われたんでしょうが、実際はどちらの子かは北の方にもわからなかったんですよ!
で、子供を渡さないことに怒って間男は北の方を殺してしまった。
どうです?この推理!」
エヘン!
と自信満々に胸を張る。
若殿は私を無視し、正見に向かってニッコリ微笑み
「八支正道殿と侍女、そして若君を主殿に集めてください。侍女が聞いた謎の声の正体と北の方殺害の真相をお話しますと言ってね。」
(その4へつづく)