表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
275/368

応身の厨子(おうじんのずし) その2

八支正道(はっしまさみち)が主殿へ先立って案内し、我々がついていった。


主殿につくとそこは北西の角に塗籠(ぬりごめ)があり、その他は東西南北それぞれに御簾で(ひさし)(廊下)と母屋を区切ってある、普通の寝殿。

母屋には屏風と衝立、几帳で寝所をしつらえている空間があるが、それ以外は座所としての畳と脇息(きょうそく)、文机、文箱、料紙(りょうし)箱や、書棚が置いてあるぐらいで、人が隠れそうなところはない。

若殿(わかとの)塗籠(ぬりごめ)の妻戸をあけ放ち、外から光を入れ、調査するため中に入ったのについていく。

この塗籠(ぬりごめ)の妻戸は東側一カ所で、他の三方向は土壁になってる。


中を見渡すと左壁ぎわには厨子(ずし)、書棚、小さい(ひつ)が数個並べておいてある。

奧には色とりどりの単衣(ひとえ)を何枚も掛けてある衣装掛け、右壁ぎわには琴と琵琶(びわ)、数本の反物が置いてあった。


小さい(ひつ)は全て、一辺が一尺半(45cm)ぐらいかそれより小さい箱で、中を見てないけど人は入れなさそう。


幅二尺(60cm)ぐらいの四段の書棚には、経本(きょうほん)が数冊ずつ積んだ束が、棚に隅から隅までぎっしり詰まってた。

なのに、書棚の下の床にも、ぱっと見、十数冊?の経本(きょうほん)が落ちてた。


侍女がここで経本(きょうほん)を探してたとき、変な声にビックリして落としたのかな?


この屋敷で一番豪華で人目を引きそうなものは、書棚の隣の立派な厨子(ずし)!!

全体が黒漆塗(くろうるしぬ)りでツヤツヤの、高さ四尺(120cm)、直径三尺(90cm)ぐらいの円筒形の本体の上に八角形の屋根が乗ってて、小さいお堂みたい。

前開きの両面扉はキッチリ金具で閉じられておらず、少し開いてた。

若殿(わかとの)が扉を開くと扉の内側には梵天(ぼんてん)阿難(あなん)など仏の姿絵が金箔(きんぱく)截金(さいきん)を使って、キンキラな上に赤や青の色彩豊かで華麗で精緻に描かれてた。


「へぇ~~~~!凄いです!見事な芸術品ですよねぇ~~!そう言えば、厨子(ずし)って中に何を入れるんですか?あれ?経本(きょうほん)が数冊入ってますけど・・・」


若殿(わかとの)が中の経本(きょうほん)を手に取りパラパラと見る。


「そもそも厨子(ずし)とはおもに仏像や経典などを納めておく戸棚だ。ここは、経本(きょうほん)を入れてたんだろうけど、数冊とは少ないな。すぐ読めるように横の書棚に出してあるのかもしれない。」


その他、塗籠(ぬりごめ)内に、置いてあった小さい(ひつ)を一つずつ開けて中身を調べると、壺や皿と言った骨とう品もあれば、絹織物や厚手の(とばり)用の布が入った(ひつ)もあった。

単衣(ひとえ)の掛けてある衣装掛け、琵琶(びわ)や琴や反物にも別に変なところは無かった。


侍女が塗籠(ぬりごめ)の中に入るのも恐ろしそうに、妻戸のある入り口で中にいる我々におそるおそる話しかけた。


「どうですか?声の原因はわかりました?」


若殿(わかとの)は首を横に振り


「いいえ。二人の人が隠れられそうな場所はありませんね。床下の(ねずみ)や猫、(いたち)といった動物の鳴き声を聞き間違えたのでは?」


侍女がムッとしたように尖った声で


「そんなはずありませんわ!会話もしっかりと覚えてます。確か、


『私の(たま)を返せっ!』

『イヤよっ!あんたのじゃないわよっ!』

『何だとっ!くそっ!こうなったらっ』

『うっ』

『お前が悪いんだっ・・・うっうっ』


という感じでしたわ!」


はぁ??!!!

ガッツリ(いさか)い?の声じゃない??!!!

しかも激しめのっ??!!

不穏だし、誰か何かされてそうっ!!

宝石の『(ぎょく)』の取り合い?

宝石を盗んだ泥棒同士が奪い合って喧嘩(けんか)したの?


若殿(わかとの)は眉をひそめ難しい顔で腕を組んで考え込んだ。


侍女がハッ!と何かに気づいたように


「そういえば、女性の声は一年前に亡くなった北の方にそっくりでしたわ!!それなら・・・死霊となった奥様の声だったの?だって、奥様はここで・・・・」


「余計な事をお客様に申し上げるんじゃない!聞かれたことだけに答えるんだ!噂好きのはしたない女子(おなご)だと思われてもいいのか?」


いつの間にか侍女の後ろにいた八支正道(はっしまさみち)が低い声で叱った。


若殿(わかとの)が顔を上げ、侍女に向かって


「北の方はどのようにして亡くなったんですか?」


口を開きかけた侍女を(さえぎ)八支正道(はっしまさみち)が硬い表情で口早(くちばや)


「私の目を盗んで通ってきていた間男(まおとこ)に、この塗籠(ぬりごめ)で殺されたんです。

私が宿直(とのい)で屋敷を度々(たびたび)空けるのを利用し、妻は男を通わせ、不届(ふとど)きにも、この塗籠(ぬりごめ)で密通していたのです!


一年前、私が宿直(とのい)を終え屋敷に戻ると、妻が男に頸を絞められているのを見ました。

大声で怒鳴りつけると、その間男(まおとこ)は妻から手を放し、東門の方へ駆けだしました。


妻を助けようとしましたが既に(いき)は無く手遅れでした。

すぐに雑色たちに追いかけるよう指示しましたが逃げられてしまい、弾正台(だんじょうだい)に訴え出てもいまだに捕まらずどこの誰だかもわかりません。」


若殿(わかとの)


「北の方と結婚されたのはいつのことですか?」

(その3へつづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ