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応身の厨子(おうじんのずし) その1

【あらすじ:お経の解釈を教えてもらうために同僚の屋敷を訪れた時平様は、誰もいないハズの塗籠で意味不明な男女の会話を聞いた侍女に助けを求められた。経本を収めた立派な厨子と深い学識を誇る男性の妻の死には、残された人々の心に今も傷を残す暗い秘密があった。自分の欲深さに気づかないフリの時平様は、今日も四苦八苦しながら謎を解く!】

私の名前は竹丸(たけまる)

歳は十になったばかりだ。

平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る(いちばんえらいひと)関白太政大臣・藤原基経(ふじわらもとつね)様の長男で蔵人頭(くろうどのとう)右近衛権中将うこのえごんのちゅうじょう藤原時平(ふじわらときひら)様に仕える侍従である。

 私の直の(あるじ)若殿(わかとの)・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。

宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。

若殿(わかとの)いわく「妹として可愛がっている」。

でも姫が(から)むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。

従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。

今回は仏典の文字数って全部で60,031,180余もあるらしいですが、内容は重複してないの?というお話(?)・・・・ではないです。

 秋雨(あきさめ)という優しい響きからは程遠いような豪雨が地面を打ち、あっという間に路を川にするようなある日の午後。

 雨がやんだ合間を縫って、若殿(わかとの)が同じ近衛(このえ)府の役人・八支正道(はっしまさみち)の屋敷を訪ねるというのでお伴した。

八支正道(はっしまさみち)の屋敷につくと東の対の屋に通され、母屋で若殿(わかとの)八支正道(はっしまさみち)が話し込む間、私は南廂(みなみひさし)(廊下)で(かしこ)まって伺候(しこう)し、(あるじ)の様子をうかがっていた。


若殿(わかとの)はこの頃、お経に凝っていて中でも『理趣経(りしゅきょう)』の解釈に疑問があるので、仏教に造詣(ぞうけい)の深い八支正道(はっしまさみち)を訪ねたらしい。

八支正道(はっしまさみち)は四十代前半の、(びん)に白いものがチラホラ混ざった、神経質そうな、口角の下がった、眉間と額にくっきりと深い(しわ)がある男性。


若殿(わかとの)が持参した、一枚の長い紙を山折り谷折りにして(たた)んだ経本(きょうほん)(ふところ)から取り出して開き、指さしながら


「妙滴清清句是菩薩位(性行為による恍惚感は、清らかであるから菩薩の境地である) 

欲箭清清句是菩薩位(愛欲の矢を放つことは、清らかであるから菩薩の境地である) 

・・・・・・・

適悦清清句是菩薩位(性的な悦楽感は、清らかであるから菩薩の境地である)

・・・・・・・・

一切法自性清清故(あらゆる事象は、その本性に於いて本質的に清らかであるからである)

般若波羅蜜多清清(したがって悟りに至る智慧の完成そのものも清らかなのである)


などのこの部分は、まるで性行為によって悟りを開くことができるかのようですが、本当にそうなのですか?」


何ぃっ??!!!

そんなキワドイことが書いてあるのっ?

お経っっ面白(おもしろ)っっ!!!

お釈迦様って寛容っっ!!


ちょっと興味がでて、耳がガネーシャ。


八支正道(はっしまさみち)は顎をさすり困ったようにウ~~ンと(うな)ったあと


「それは、ですねぇ、弘法(こうぼう)大師もご懸念なさったようにですねぇ・・・・」


バタバタバタッ!!!


いいところで、侍女が私の座る廊下の目の前に、走って現れた。

母屋の方へ向かってしゃがみ込み、ハァハァ息を切らせたあと、何度もゴクリと唾を飲み込み


「・・・あのぉ、殿さま、さきほど、その、お命じになった経本(きょうほん)を、主殿の塗籠(ぬりごめ)で探していましたところ、・・・その、」


八支正道(はっしまさみち)は苛立ったように侍女の方を見て、たしなめるような厳しい表情で


「何だ!?来客中に会話を(さえぎ)るとはっ!無作法にもほどがあるっ!!」


若殿(わかとの)がなだめるように


「いいえ。構いません。侍女の話を最後まで聞きましょう。塗籠(ぬりごめ)で何があった?」


侍女はもう一度ゴクリと唾をのみ、


「はい、書棚で経本(きょうほん)を探していましたら、声が聞こえたのです!ふ、二人の男女の会話ですっ!すぐそばで話しているように聞こえましたっ!!辺りを見回しても塗籠(ぬりごめ)には誰もおらず、人が隠れる場所もありませんっ!!」


塗籠(ぬりごめ)をでて主殿や廊下に人がいないかを探しましたか?妻戸が開いていたなら、塗籠(ぬりごめ)の外からの声でしょう?」


侍女が少し落ち着いたようにふぅっと小さく息を吐き


「もちろん。真っ先にそれを疑い、主殿を探し回ったあと、廊下に出て周囲の(ひさし)をぐるりと見て回りましたが、几帳や屏風の影に潜むものは誰一人おりませんでした。

それに、よく思い出してみると、塗籠(ぬりごめ)の壁を隔てた外から聞こえた声と違い、耳のすぐそばで聞こえたんですっ!!鬼か妖怪か生霊・死霊の(たぐい)ですわっ!!怖ろしくて怖ろしくて、もう、ジッとしていられず、こうしてお知らせに参ったのですっ!!」


怖さがぶり返したように自分を抱きしめブルブルと震える。


へぇ~~~!

誰もいないハズの空間で男女の声?

面白そ~~~っっ!!

モチロン若殿(わかとの)は・・・・チラッと見ると、興奮を隠しつつも瞳を輝かせ


「よろしければ、直接うかがって調べてみてもいいですか?」


立ち上がりながら呟いた。

(その2へつづく)

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