鬼の声(おにのこえ) 後編
「いいか、竹丸。これから私が言う条件に合った小石を探すんだ。」
と若殿が言うので、私は庭で、ある条件にあった小石を一生懸命たくさん集めた。
いよいよ、御釜殿で小石を使った鳴釜神事が始まった。
浦上殿はなぜか若殿に引き留められたので見学している。
私はこれで音が鳴らなければ舌を切られて一生美味しい物を味わえなくなると思うと緊張で震え、顔は真っ青、手足は冷たくなった。
そもそも舌を切るときの痛みを想像するだけで気絶しそう。
ガクガクと震えながら神事の進行を見守る私の横で若殿もすこし真剣な顔をして見守っている。
釜に湯が沸いた。
巫女は私たちの集めた小石を少しずつ入れ始める。
少し入れては蒸篭を覗いて何かを確認している。
小石をある程度入れると巫女は蓋をずらして置く。
一秒、二秒、三秒、四秒、・・・・
私は息をのんで鳴るのを待つ。
十秒、十一秒、十二秒、・・・・
鳴らない。
・・・・
やっぱりお祓いした米でないと釜は鳴らないんだ。
・・・・
やっぱり神官は正しいんだ。
・・・・
やっぱり私はいつも銭と飯の事ばかり考えている卑しい小僧だ。
・・
もうその飯も味わえなくなるなぁ
・・・
と絶望していると、
「・・・ぶぅぅぉ~~~~~~~~~」
と微かだが釜が鳴り始めた。
「やったぁぁっ!鳴りましたっ!鳴りましたよ!若殿っ!」
と若殿に飛び上がって抱き着いた。
よく聞くと、米のときよりすこしくっきりとした音の気がする。
若殿に頭をなでられて
「よかったな!これからも飯が食えて。」
と言われてやっとホッとした。
「どうして小石でも鳴るんですか?」
と聞くと若殿が
「そもそも、筒の中の熱い蒸気に米を入れることでできる温度差で、筒の中の蒸気が振動して音が鳴るから、米の代わりに蒸気を冷やすものならば何でもいいはずだ。
大きさと形と量さえ米と同じなら。」
「へぇ~~!じゃあお祓いしてるとかは関係ないんですね!」
「そうだな。米の量や蒸篭の高さ、釜の水の量と筒の太さや長さは大事だろうな。筒内の空間や蒸気の量が大事だから」
神官の顔をみると驚いたような悔しいような顔をしていたが、小さな声でぼそぼそと
「・・・今回は偶然上手くいったようですが、また神を冒涜するなら、朝廷に訴えますぞ。」
と苦々しくつぶやいた。
『謝罪は!どーなった!えぇっ!謝れ!このゴーマン神官!』
と私は心の中で毒づいたが、ぐっと我慢し声には出さない。
これ以上の面倒は避けたいので。
この様子を傍で不思議そうにみていた浦上殿に向かって若殿が
「ところで、米を隠したのはあなたですね」
と突然言った。
浦上殿はびっくりして
「えぇ!な、なにを急に!私がなぜあなたの米を隠すんですか?」
「理由はわかりませんが、あなたが隠したことはあなたの袂に入っている米が示しています。」
浦上殿は袂を確認してさらに驚いた顔をした。
若殿が
「今朝、調べると、御釜殿を出たところからあなたの泊まった房まで、落ちた米が続いていました。
あなたは米を盗んだ後、御釜殿から出てすぐ前の庭で転ぶなどで米をばら撒いたんでしょう。
今朝、雀がたくさんついばんでいましたからね。」
浦上殿は驚きすぎてブルブル震えていたが、ぽつりと
「・・・確かに、私は米を盗みました。でも、」
「なぜですか?私に恨みでも?」
「いいえ。私は温羅の子孫なのです。」
ええ!鬼といわれた温羅の子孫!
温羅は吉備津神社の地で皇子に倒されたという鬼神。
首を地中に埋めても十三年間もうなり続けたので鎮めるためにその上に竈をつくってご飯を炊かせたのが鳴釜神事の始まりらしい。
『その後、温羅は吉凶を占う存在となった』ということは釜の鳴る音は『鬼の声』ってことだ。
どっちにしても、
「じゃあ浦上殿は人間じゃないんですか?」
と私は口を滑らした。
浦上殿は
「いいえ。温羅は鬼じゃなく渡来人です。温羅の妻の阿曽媛には子があり、私はその子孫で、代々、吉備国で小さな神社の神官をしております。」
若殿が
「それにしてもなぜ私の米を隠したのですか?」
浦上殿は顔を伏せたままぽつりぽつりと話た。
「私の神社は吉備国で吉備津神社とほぼ同じ時期に創建されたのに、神階(人臣に授けられた位階を神にも授けたもの)でも人々の崇敬でも差は開くばかり。
我々も鳴釜神事を行っていますが、うまくいかず釜がめったに鳴らないのです。
京のこの神社は鳴釜がうまくいくと聞いたので方法を学びにきたのですが、同じことをやってるつもりなのにこちらはうまくいっていると思うと悔しくて。
少しでもこの神社の評判が悪くなればいいとよこしまな考えであなたの米を隠してしまいました。」
「吉備津神社にコツを教えてもらえばいいじゃないですか!」
と私があっさり言うと
「秘事として門外不出だそうだ。自分で方法を探さないとだめだと言われてね。」
この人、勉強熱心なのに手癖は悪いんだね。それにしても宗教の人って心が狭い人が多い気がする。
とちょっと同情した。
「・・・そ、それよりも、怖ろしいことに・・・、わ、わたしは、・・・盗んだ米を袂になど一度も入れてません。」
と浦上殿が真っ青な顔で震えながら言うと若殿は
「えぇ?だって米があなたの房までこぼれてましたよ。」
「私は昨夜、皆が寝静まった後、御釜殿から米の紙包みを握りしめたまま、厨に歩いていき、竈にくべました。その間、袂にも入れず、転んで米をバラ撒いてもいません!
なのに、な、なぜ・・・袂に入っていたのか・・・ま、まったくわかりません・・・。
ま、まさか・・・神が怒って」
と浦上殿は膝をついて両腕で自分を抱えこみ、ブルブルと震える。
私と若殿は顔を見合わせ不思議がった。
「どういう事でしょう?じゃぁ誰が浦上殿の衣の袂に米を入れたんでしょう?
もしかして・・・」
これを聞いて神官はしたり顔で
「神はいつも我々の行動を見ておられて、悪事は必ず露見するようになっているのです。」
と厳かに言う。
私は
『そうか、天はいつも見ているのか。盗み食いもほどほどにしないとな~』
なんてぼんやり考えながらふと、神官の後ろをみると、
事の成り行きをずっと黙って見守っていた巫女が
「ふふふっ」
と密かに微笑んだのが見えた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
鳴釜が有名なことも各地の神社で行われていることにも驚きましたがどうでしょう?
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。