雅楽寮の赤錆(ががくりょうのあかさび) その5
女が顔を上げると口元に笑みを浮かべていた。
「お前さん?本当のことを言ってもいいの?」
和邇辺に向かって話しかけた。
和邇辺は怒りで顔を紅潮させ
「な、何をいってるんだっ!!」
「あっ!!空を見てくれっ!!血の色に染まっているっ!!何だあれはっ!!」
楼英が暗闇に夕焼けが広がったような赤い空を指さし叫んだ。
さっきよりも赤い部分が大きく広がり、北の空が燃えているように見えた。
それを背景に座り込んだ女が恨めしそうに和邇辺を睨んでいる様は、女の恨みが空に広がり全てを焼き尽くそうとしているかのようだった。
和邇辺は空を見て突然
「ひゃぁぁぁぁーーーーっっ!!!」
腰を抜かし後ろに転んで尻餅をついて座り込んだ。
「あっ!あれはっ!!呪いかっ!!祟りかっ!!うっぅわぁっーーーーっっ!!っわーーーーっっ!!」
若殿が落ち着いた声で
「大丈夫です。あれは赤気(低緯度オーロラ)という自然現象です。凶兆とされますが、今まで関連した災害は確認されていないのに・・・なぜそんなに怯える?」
和邇辺は震え声で
「王の呪いだっ!!墓の中と同じ赤の色だっ!!空にあの赤が広がっているっ!!王の怒りだっ!!王の眠りを妨げたから、お怒りになったんだっ!!こ、殺されるーーっっ!!ひぃーーっっ!!」
若殿が怪訝な表情で
「つまり、お前は誰かの墓をあばき、副葬品を盗んだんだな?だが赤気はそれとは無関係だ。偶然だろう。」
和邇辺は震えながら京の都の方を指さし
「何を言ってる!祟りだっ!呪いだっ!現実にあるんだっ!!あれを見ろっ!都に煙が出てるっ!!火事だっ!!私の屋敷が燃えているっっ!!」
本当に都の方角から煙が立ち上ってる。
煙の下はほんのりと明るい。
空の赤さに呼応するように、地上から天に向かって、全身真っ赤に燃えた鬼が赤い手を伸ばす姿を思わず想像した。
突然、女が大声で
「フフフッ!愉快ねっ!そうよっ!あんたの屋敷に火をつけてやったわ!今頃あんたの宝物の盗掘品は燃え尽きているでしょうね。私にこんな真似をさせた罰よっ!!!あんたの口車に乗って奏楽のためを思って産女のふりをして才原を困らせてやったけど、私には何の得にもならなかったわ!あんたの指示通り演じて、せいぜいずぶぬれになっただけっ!!挙句に役人に捕まるだなんてっ!!まったく!胸糞の悪いっ!!」
項垂れている和邇辺を若殿が見下ろし、ジロッと睨み付けた。
川の向こう岸のさらに奧にある黒々とした木々に覆われた、しんとした気配の山を指さし
「古墳を暴いて盗掘したな?この山の斜面に、横穴が入り口になる古墳があるんだな?人を近づけないために産女の噂を流したんだな?」
和邇辺はボソボソと
「・・・はい。古墳のなかに副葬品はたくさんあり、全ての副葬品をまだ回収できていないのでよそ者を近づけたくなかったんです。産女が出ると噂になれば誰も立ち寄らないと思いました。なのに・・・・!あぁ唱子よっ!!なんてことをしてくれたんだっ!!貴重なお宝を保管してある我が屋敷に火をつけるなんてっ!!いやっ!まだ間に合うっ!今から急いで帰って宝物を運び出せばっ!!」
慌てて立ち上がろうとするが、腰が抜けきって簡単には立ち上がれない。
「ぁあ~~~っ!!なんてことだっ!!わーーーっっ!」
両手で顔を覆い泣き出した。
とういことは妖怪・産女は和邇辺の恋人・唱子の仕業ってこと?
盗掘中の古墳に近寄らせないため?
人騒がせだなぁ~~~!!
そんなことすれば、逆に超常現象好きを呼び寄せてしまうと思わなかったのかしら?
でもっ!!
へぇ~~~~~~!!!!
この付近に未盗掘の副葬品が残る古墳があるのかぁ~~~!!
見てみたいなぁ~~!
古代豪族?王族?のお宝っ!!
金?銀?の王冠・首飾り・耳飾り・剣とか、瑪瑙の勾玉?
瑠璃の器とか?
確かに高値がついてひと財産になりそうっ!!
ヨダレが出るっっ!!
産女になりすましたことにはおとがめが無かった唱子は屋敷に放火した罪で弾正台に連行され、モチロン和邇辺は盗掘の罪で連行された。
取り調べで唱子は
「確かに私は和邇辺の恋人です。奏楽は親友です。
才原に妊娠を告げると捨てられ、鬼灯の根(酸漿根:堕胎剤)を飲み、川に入って堕胎せざるを得なかった奏楽の恨みを晴らすため、産女のフリをしました。
奏楽が産み月にあたる一月前に失踪したと嘘をつくと、和邇辺は産女のふりをして古墳に近づくものを追い払えと私に命じました。
その噂が才原に伝わり、せめてあいつを懲らしめることができればと思い、渋々引き受けることにしました。
楼英が川を渡った時には、その辺に落ちていた石を布でくるんで抱かせましたが、その石に赤い色をつけた覚えはありません。」
と証言した。
奏楽は八か月も前に川に入り堕胎しただけで生きており、今は屋敷に戻って普通に暮らしているらしい。
和邇辺は
「楼英が産女から渡された石を見た時、盗掘中の古墳の中から持ってきた石だと分かりました。古墳の壁として積まれた石は真っ赤な顔料で一面を塗りつぶされていましたからね。私を脅すような真似をした唱子を心底憎みましたが、産女役を頼んだ手前、責めることはできませんでした。」
若殿が
「唱子は赤い石を古墳から持ち出した覚えはないと言ってたが。」
和邇辺がチッ!と舌打ちし
「屋敷に火をつけるような女だっ!!嘘に決まってるっ!!でも・・・おかしいな。古墳の入り口の場所は誰にも漏らしてないはずだが。なぜあの石を取ってくることができたんだ?屋敷には金になりそうな副葬品しか運び出していないハズなのに。」
怯えを含んだ怪訝な表情で和邇辺は考え込んだ。
のちの調べで、和邇辺が盗掘したという古墳の入り口の横穴を、弾正台の役人が探したが見つからず、土砂が崩れた跡があるのみだった。
和邇辺は屋敷が燃えただけで、焼け跡から副葬品の燃え残りも見当たらず、盗掘の証拠もなく、古墳も発見できなかったことからすぐに釈放された。
私もそれに同意!
だって、証拠が無ければ全部、和邇辺の妄想かもしれないしね!
唱子は放火の罪で獄につながれることになった。
後日、金の首飾りや勾玉の耳飾り、瑪瑙の指輪、銀の食器や王冠、など豪華な古代の遺物が京の市で、破格の安さで出回ったと報告を受けた若殿が
「生き残った奏楽は唱子から放火の計画と和邇辺の悪事とを全て打ち明けられ、和邇辺の屋敷から、充分な慰謝料を、自力で獲得したのかもな。
あるいは・・・・奏楽と唱子が手を組んで計画・実行した、不誠実なクズ男たちへの復讐劇なのかもしれないな。」
ポツリと呟いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
最近、太陽フレアのせいで日本各地で見られ、空が赤く染まったという低緯度オーロラ『赤気』をチャンスがあれば見てみたい!ですが、北の空をずっと見張る根性はないので、動画で我慢します。
日本海側で多いようですが、京の都からは見えないんでしょうかね?それとも空を眺める人がいないんでしょうかね?
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。