雅楽寮の赤錆(ががくりょうのあかさび) その3
御簾の中で首を横に振ったような気配があり、北の方がキッパリと
「主人には奏楽と別れるように命じました。そもそも遊びのつもりで通ったと言っておりましたから、簡単に孕む女子などあとあと厄介なことになるに違いありません。奏楽の実家は裕福ではありませんから母子の生活費と妻の座を要求するでしょうし。主人は気の多い人ですから、恋人だけでも他にも数人おります。中には既に子を持つ女子もおります。荘園を持つわけでもない我が家に多数の母子を養う余裕はないのです。」
稼ぐ甲斐性のない男性は子供を持つ贅沢は許されないのは世の道理かぁ。
世知辛っっ!
でも妊娠した奏楽を簡単に捨てたとなると才原は極悪人っっ!!
若殿も不愉快そうに尖った声で
「さんざん弄んで、妊娠したとたん捨てたことへの罪悪感から病になったのですね。そのあと奏楽の消息はご存じですか?本当に難産が原因で死んだのですか?」
北の方の強気な高い声がか細くなり
「・・・いいえ。何も知りません。どうなったかなど、知りたくもありません!」
ということは、奏楽は生きてるかもしれないし、才原は行くなと言われても奏楽の元へ通ってたかもしれない。
そして病の原因は別にあるかも?
奏楽が和邇辺の恋人・唱子の友人だということで、若殿はもう一度、雅楽寮を訪れ話を聞くことにした。
雅楽寮で用意してくれた房に、先に姿を現した楼英に対面して座るように促した若殿が
「xx川で産女を見たそうですね?どういう経緯ですか?」
楼英は思い出したようにブルッと体を震わせ
「ええと、確か、その日は昼間そこで和邇辺さんと釣りをしてたんです。すると和邇辺さんが夜にこの川を渡ると産女が現れると言ったんです。和邇辺さんは別の同僚からその話を聞いたそうです。その同僚は産女に赤子を抱かされそうになったが、怖すぎて逃げ出したというので、私は一つ赤子を受け取ってやろうとその夜、あたりが暗くなったとき、川へ入り、向こう岸まで行きました。
帰ってくる途中、後ろに誰かの気配があり、振り向くと赤子を抱いた女が『この子を抱いて』と布でくるんだ何かを押し付けてきます。頭の毛も太る思いでしたが、勇気を振り絞ってそれを受け取り、川岸に戻りました。」
気になりすぎて思わず口を挟んでしまった。
「布にくるまれてたのは赤子だったんですか?生きてたんですかっ!!?」
楼英が引きつったような笑みを浮かべ
「いいや。布を開くと、赤子ぐらいの重さの石だったよ。直径が八寸(24cm)ぐらいの。ただ一面にベッタリと赤い血のようなものがついていたのがゾッとしたけどね。」
ひえ~~~っ!!!
赤子が石になったのかなっ??!!
若殿が
「その石をまだ持っていますか?その女はどうなりましたか?」
「気味が悪いのでそのまま河原に投げ捨てて帰りました。一緒にいた和邇辺さんが見たところによると、私が川を渡ってる最中に、女は忽然とかき消えてしまったそうです。」
若殿は
「ふむ。」
呟いて腕を組み考え込んだ。
ちょうどそこへ和邇辺が現れたので、座るよう指示し、和邇辺が楼英の横に対面して座った途端
「奏楽という才原の恋人は、貴方の恋人・唱子の友人でしたね?現在の消息を知ってますか?」
和邇辺がハッと顔を上げ
「そういえば、唱子がひと月ほど前、言ってました。奏楽が突然行方不明になったと。奏楽は妊娠していたとも言ってました。夫のない身でしたから、人里離れた場所で一人でお産をするために空き家を探しに出かけたのじゃないかと心配してました。出産は忌事ですからね。」
自力出産??!!
危ないし怖っっ!!
根性スゴっっ!!
「奏楽のその後の消息は・・・・知らないんですね?」
和邇辺が首を横に振った。
若殿が続けて
「楼英が産女から石を抱かされたとき、あなたもそこにいたんでしたね?」
和邇辺は前のめりになり声をひそめ
「そうです。産女を見ました!以前にもあそこで見たという噂があったものですから、楼英を誘い、行ってみたのです。昼間は魚釣りをしましたが、夜は楼英が川を渡るというので見ていました。楼英を追いかけて川を渡る女を見た時は、何とも言えない恐怖に襲われました!赤子の泣き声も聞こえました。産女が楼英の袖を引き、赤子を押し付けるとその場から姿が消えてしまったのです!妖怪ですっ!でなければ、あの奏楽が悪霊となったんです!白い小袖姿で、下半身が真っ赤に染まっていました。難産で死んだ女が化けて出たんですっ!」
興奮してツバを飛ばした。
「布にくるまれていたのが赤い石だったのも見ましたか?」
和邇辺はそれを聞くと、急に熱が冷めたように平然として
「ああ。あれですか。月のない夜でしたから、夜が明け明るくなってからはじめて、石の一面に赤く色がついてることに気づいたんです。赤子の血のつもりなんでしょうかね?でも布に血はついてませんでしたが。」
ん?
月のない夜?
下半身に血のついた小袖姿は見えたのに?
楼英がハッ!として
「そうかっ!それならあれは奏楽という女子ですよ!奏楽がお産で死んで才原さんを恨んで出てきたんです!ああ、今、納得しました!
話題の一つにxx川で産女を見たのを才原さんに話したことがあったんです。
話し終わった途端、才原さんの様子が急変し見るからに具合が悪そうでした。
そのあと心の病を訴え休職してしまったんです。才原さんに心当たりがあり奏楽が産女になったと確信したから、呪われてると恐ろしくなって病みついてしまったんですね!」
若殿は二人に
「xx川の産女を見たその場所へ連れて行ってください。」
かみしめるように呟いた。
(その4へつづく)