雅楽寮の赤錆(ががくりょうのあかさび) その1
【あらすじ:大殿・基経様と親交のある雅楽寮の人気者歌師が突如、体調不良を理由に休職を願いでた。病の原因を探ることを命じられた時平様は雅楽寮を訪れ人気者歌師の素行を聞き出すが、何やら川中に現れる妖怪女が絡むとのこと。壮大な自然現象は見たいけど、気味の悪い妖怪女は見たいような見たくないような私は、時平様のために今日も血の汗を流す!】
私の名前は竹丸。
歳は十になったばかりだ。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭兼右近衛権中将・藤原時平様に仕える侍従である。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は血も染料も赤色は鉄からできがち!というお話(?)
抜けるような青空のある秋の午後、帰宅し狩衣に着替えた若殿と宇多帝の別邸に向かおうとすると、渡殿で侍女に引き留められた。
侍女が頭を下げ
「殿が太郎様をお呼びでございます。主殿にお越しください。」
若殿が頷いて大人しく侍女についていくのに私もついていった。
主殿では大殿が胡坐をかいて白湯を飲み、書を読みながら待ってた。
「父上、お呼びとの事ですが、何でございましょう。」
若殿が目の前に座り、上目遣いに大殿をチラ見する。
大殿は書から目を外し、下に置くと、腕を組んでう~~~んと少し悩んだ。
「実はな、わしと付き合いのある雅楽寮の歌師( 雅楽寮の職員。歌人、歌女の教習をつかさどる。)の才原という男がな、体調不良を理由に休職を願い出てな、心配だから様子を知りたいんだ。」
若殿は大殿の顔を探るようにジッと見つめ、パチパチと数回瞬きをした。
「文をやり取りするのは憚かられるから、病の真偽なり重篤度を雅楽寮へ聞き込みに行けという事ですか?」
蔵人頭という立派なお役目を持つ若殿を、子供の使いっぱしりのように顎で使えるのは大殿の特権。
それにしても文を交わすほどの仲じゃないなら何?
人目を憚るような友人って?
腕を組んだまま大殿がウンと鹿爪らしく頷き
「うむ。世間話のようにしてな、具合を聞き出してくれ。くれぐれも私の名を出すなよ。頼んだぞ。」
さわやかな澄んだひんやりとした空気と、鼻がムズムズするくしゃみがでそうな草の匂いを嗅ぎながら二条大路を歩き、美福門から大内裏へ入った。
大内裏の南東端にある雅楽寮を訪れ、早速、若殿がその辺にいた楽官を捕まえ
「歌師才原と親しい人々を集めてくれませんか?聞きたいことがあるんです。私は蔵人頭・藤原時平です。」
頼むと、ビックリしたようにハイッ!と答えてそそくさと立ち去り、しばらくすると二人の男を連れてきた。
何事か?と神妙な顔つきで連れられてきた男たちのうち一人が
「あのぉ、才原について聞きたいことがおありになるとか?私は和邇辺と申します。笛工(笛職人)をしております。才原とは親しいと言っても挨拶する程度ですが。」
もう一人が
「私は楼英と申します。笛生(雅楽寮に属して笛を学習した者)です。才原さんとは催馬楽(各地の民謡・風俗歌に外来楽器の伴奏を加えた形式の歌謡)の編曲方法や、譜の選定について教えてもらったり、話し合うことがよくあります。」
二人ともどこにでもいるような中肉中背の男性で和邇辺は三十代後半で楼英は二十代前半に見えた。
和邇辺は目つきが鋭い、無精ひげを口の周りにはやした男で一見すると胡散臭い。
楼英は見るからに貴族という感じのドジョウのような短いひげを鼻の下にはやしてた。
笛を吹くとき邪魔にならないのかな?
若殿が二人を交互に見て
「才原の休職理由について詳しいことは聞いていますか?」
(その2へつづく)