目一箇の鬼神(まひとつのおにがみ) その3
私の怯えた様子を楽しむように眉を上げ、若殿が続ける。
「女が小袖姿になり戻ってくると、梶は葛籠の蓋をとり、中を見せながら
『このマラは何だ?お前は男を襲いこれを集めているのか?』
と訊くと、女はそれをしばらくジッと見つめたが、なんであるかをようやく理解できるとヘナヘナとその場に崩れ落ちてしまった。
何度も首を横に振り、震えるように呟く。
『・・・な、何のことでしょう?まったく身に覚えはありません!!そんな葛籠など見たこともありませんわっ!!気持ち悪いそれは、本当に男性の、アレですの?早くしまってください!見たくないっ!!気分が悪くなりますっ!!』
女が嘘をついているとも思えず、梶は
『では、お前が男たちをここへおびき寄せるのは何のためだ?殺してマラを集めるためでないなら。』
女は観念したようにため息をつき
『こうなっては、正直に申し上げます。殺人などと恐ろしいことは一度たりともしておりません。わたくしと、夫は、裕福な貴族をここへおびきよせ、その男性がわたくしと同衾した直後、夫が姿を現し、妻を寝盗ったと脅し、金品を巻き上げておりました。彼らは豪華な牛車を乗り回すような裕福な貴族たちですから、全員、面倒なことになるよりはと大人しく銭や高価な身の回りの品を残しここを立ち去りました。』
梶はその説明に納得したが、夫を捕らえるため一計を案じ
『夫が乗り込んでくる合図があるのだろう?私と同衾したフリをして夫を呼び出せ。』
命じると、女は袂から赤い布を取り出し、御簾の外側に括り付けた。
梶は寝所の衝立の陰で息をひそめ、夫がやってくるのを待った。
何も知らない夫が、御簾を上げ、灯台のほの暗い辺りを見回したあと、衝立のそばにゆっくりと近づいた。
衝立の陰で、太刀に手をかけ隙間から見ていた梶が、突然その雑色姿の男の目の前に飛び出し、太刀を振り上げ切りつけた。」
真っ赤な血が男の首や胸から飛び散るところを想像し、ゾッとしつつ
「きっ、切り捨てたんですかっ!!刃傷沙汰ですかっっ!!」
若殿は肩をすくめ
「いいや。梶は刃が男の身体に触れる寸前で止め
『お前を捕らえる。美人局をして被害者男性たちから金品を巻き上げた罪で弾正台に連行する』
と告げたんだ。
梶が夫を持参した縄で縛っていると、先に後ろ手に縛って寝所に隠していた妻が手足をばたつかせるので、猿ぐつわを外すと叫んだ。
『あんたっ!!あのマラは何なのよっ!!あんなのを隠してたなんて知らなかったわっ!気色悪いっ!!なんのつもりよっ!!あんたみたいな変質者とはこれ以上一緒にいたくないわっ!獄から出られたら絶対に別れるわっ!!』
夫はキョトンとして
『マラ?何のことだ?そんなものがあるのか?あるなら見せてみろっ!!』
全身を縄で拘束された状態の夫に、梶は葛籠を持っていき、中を見せてやった。
夫は急にブルブルと震えだし
『し、知らないっ!!そんなもの、昨日までは無かった!一体なぜ?誰が・・・・まさかっっ!!』
何かに気づいたように、茫然とした。
梶が促すように
『何だ?心当たりがあるのか?』
(その4へつづく)