目一箇の鬼神(まひとつのおにがみ) その2
私の真剣な怒りの叫びに若殿と巌谷がポカンと見返した。
若殿が眉を少し上げ、面白そうな表情で
「よし!じゃあ、先日の安義橋についての事件の話をしてやろう。」
はぁ?
また話が飛ぶの?
まず鍛帑治のその後は?教えてくれないの?
モヤモヤしながらも機嫌を損ねて、今度こそ話を中断されることだけは避けたいので、黙って大人しく、傾聴モード。
若殿が巌谷をチラッと見てウンと頷き話し始めた。
「安義橋は鬼が出ることで有名になり、近頃は、人々は安義橋を避けて遠回りするのが普通だった。
そんなとき梶という男が、人々を困らせている鬼を退治してやろうと、夜、牛車でその橋へ出かけることにした。
お前が読んだ草子の主人公・鍛帑治の話によると、安義橋にたたずむ美女が、通りがかる男に『こんな場所に置き去りにされてしまいました。屋敷まで送ってください』と声をかけるそうだったな。
ある夜、梶が安義橋を通りがかると、案の定、一人の美女がたたずんでいた。
薄紫の単に紅の袴を長やかにはき、口のあたりを手で覆って、何とも悩ましく切なそうな眼付の女だった。
手持ち無沙汰そうに橋の欄干にもたれて、キョロキョロ辺りを見回していたらしい。
梶は目当てのその女に『送ってやろう』と声をかけ、牛車に乗せ、女の案内にしたがって、屋敷まで送った。」
う~~ん、ここまでは何の変哲もない。
美女をナンパして上手いこと屋敷まで連れて行った話。
「梶は当然、屋敷にあがりこんでその美女にお礼をしてもらおうとしたんですよね?というかそもそもその美女とどうにかなろうという下心から牛車に乗せたんですよね?」
アレ?
鬼を退治する話どこ行った?
「確か、鍛帑治は安義橋で見かけた美女を鬼だと判定して、馬に抱いて乗せ連れて行くのをやめて、逃げ出したけど、梶は牛車に乗せて送っていったんですよね?鬼じゃなく人間の美女だったんですかね、結局?」
若殿がニヤッと片方の口で笑い
「焦るな。まだ続きがあるんだ。
屋敷に着くと美女は梶に礼をいい、上がって休んで行かないかと声をかけた。
梶はもちろん目的を果たすため、導かれるまま、その屋敷の一つしかない主殿と思われる対の屋にあがった。
その屋敷の庭は、背の高い雑草が生い茂り、木の枝は伸び放題で荒廃していた。
厨や雑舎などの建物も屋根が抜け、柱と、板壁だけが残る廃墟のような建物が多く、板屋根が残っていたのが唯一その主殿だけだった。
ひとしきり雑談すると、女が準備があるからとその場から姿を消した。
それまでに梶はその対の屋に違和感を覚えていたが、その違和感の原因を突き止めるべく、女が姿を消した隙に辺りを調べることにした。
その対の屋には衝立と几帳で仕切った場所に畳を敷いた寝所はしつらえてあったが、その他の調度品が見当たらない。
女が暮らしているなら、鏡台や厨子棚、衣装掛け、衣装箱、香炉、手箱などの調度品があるはずだがそれが全くない。
ただ一つ、一尺(30cm)x二尺(60cm)x五寸(15cm)ぐらいの大きさの葛籠が置いてあるだけだった。
梶は女に見つからないうちにと、それを素早く開け、中を見た。」
若殿はそこで一旦、話をやめ、私の目をジロッと睨むと
「中に何があったと思う?」
「えぇ~~と、女性だから、着替えの衣とか袴?白粉・紅などの化粧品とか櫛・鏡・椿油とかの日用品じゃないですか?」
若殿は神妙な顔で首を横に振り、静かに呟く。
「そこには数本の切り取られ、干からびて、硬くなった魔羅(男根)だけがあった。」
ひ、ひぇ~~~~っっ!!!
気味が悪いような、痛いような、怖いような、ムズムズする感じっ!!
「な、なぜそんなところにっ??!!あっ!わかりましたっ!!その女が鬼だったんですねっ!!おびき寄せた男たちを次々に食べ、マラだけを食い残したんだっ!もしくは、男を食った記念にそれだけを取っておいて収集品にしたんだっ!!どーです?正解でしょっ!!」
若殿がニヤッと不敵な笑みを浮かべ
「さぁ?それを見た梶は怖気づき、髪も身も毛が太くなるほど怖ろしくなってそこから逃げ出そうと考えた。」
私はウンウンウンウンと激しくうなずいて同意する。
「だが梶はここへ来た目的である鬼退治を思い出した。そして、鬼がなぜマラを集めているのかに興味を持った。だから素知らぬふりをして女が戻るのを待った。」
えぇーーーっっ!!
そんなのどーでもいーじゃんっ!!
自分も喰われてマラだけになったらどーするのっっ???
「で、鬼は戻ってきたんですか?マラは何のために集めたんですか?梶は喰われてマラだけになったんですかっ??」
(その3へつづく)