目一箇の鬼神(まひとつのおにがみ) その1
【あらすじ:橋に一人でたたずむ女性に、軽い気持ちで声をかけた男たちが被害を受けた事件が相次いだ。最悪の結末は見るからに怖ろしい鬼に襲われ命を失うことだけど、最もマシでも金品を失うらしい。私という優秀な助手がいなくても、時平様は事件を解決できるの?時平様は今日も内に秘めた情熱の炎で、鋭い洞察の刃筋を立てる!】
私の名前は竹丸。
歳は十になったばかりだ。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭兼右近衛権中将・藤原時平様に仕える侍従である。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は鬼といっても異形の怪物や幽霊だけじゃない?というお話(?)
暑さも和らいだある秋の日の午後、若殿の曹司でゴロゴロしながら、従者仲間から借りた草子を読み終え、あんまり面白かったので若殿に話しかけた。
「この安義橋の話(*)って本当でしょうか?」
(*作者注:『近江国安義橋なる鬼、人を噉う語、第十三』今昔物語集 本朝世俗部(三) 巻第二十七 本朝 付霊鬼)
若殿をふと見ると、文机に頬杖をついて、四書五経でも読んでるのかと思ったのに、開いたままの漢字がいっぱい並んだ書の上に、どうみても宇多帝の姫からの文と思われるひらがなだらけの紙を置いて、ニヤニヤしながら読み直してた。
私の質問に目を離さず口先だけで答える。
「あ?あぁ、そうみたいだな。近江国にある安義橋といえば鬼が出るというので皆避けて通るらしいが、貴族の従者で鍛帑治という男は、仲間に煽られて肝試しにそこを通り、女の鬼に追いかけられたという話が有名だな。」
「その鬼が正体を現したときの様子がすごいですよね!
『顔は真っ赤で、円座のように大きく、目が一つ。身の丈は九尺(2.7m)で、手の指は三本、爪は五寸(15cm)ばかりでまるで刀のようである。からだは緑青色で、目は琥珀のようである。頭の髪の毛はヨモギのように乱れていて、見た途端に肝がつぶれ、怖ろしきこと限りなし!』
ですって!一度見て見たいですねぇ~~~!もちろん安全な場所から。」
若殿がやっと顔を上げて、こちらを見て
「鍛帑治がその後どうなったか知ってるか?」
えぇっ??!!
逃げ切ったあと?何かあったの?
「どうなったんですか?鬼から無事逃げきって、寿命を全うしたんじゃないんですか?それ以外に何かあるんですかっ??!!」
ツバを飛ばし前のめりになる。
若殿が口を開き、話し出そうとしたとき、弾正台の役人・巌谷が侍女に案内されて若殿の曹司に現れた。
「いや~~~。この頃めっきり過ごしやすくなりましたねぇ。頭中将様、先日はお世話になりました。」
頭を掻きながらペコッと小さく頭を下げた。
そんなのどーでもいいから若殿っ!!早く続きを教えてくださいっ!
ジリジリしてると、私のことはすっかり忘れたように巌谷と向かい合い、世間話を始めた。
「そういえば、あの件で被害はどれくらいだったんですか?」
「犯人の自白によると、被害者は十数名にのぼるようです。」
「そのうち弾正台に届け出たのは数人だったんでしょう?届け出なかった人々は犯人からの復讐を怖れたんでしょうか?それとも騙されたことが屈辱だったんでしょうか?」
巌谷は太い真っ直ぐな眉を寄せ、難しい顔でウ~~ンと呻り
「詐欺の被害者は自分が銭を騙しとられたことを認めたがらず、妥当な取引をしたと信じたがるのです。弾正台に届け出た人々はその不名誉よりも犯人を捕まえて銭を取り戻したかったんでしょうなぁ。
あぁ、それと、これは現場検証の際にあの屋敷で見つけたものです。犯人たちは『自分たちのものではない。見たことも無い』と言ったので、頭中将様にも確認していただこうと思って持ってきました。」
幅一尺(30cm)ほどの一本の巻物を袂から取り出した。
何の話?
こっちもわけがわからないっ!!
焦れったすぎて終に口を挟む
「何の話ですかっ!!若殿が何の事件に協力したって言うんですかっっ?」
私の見てないところで事件を解決するとはっ!
何たる不手際っ!!
何たる手落ちっっ!!!
若殿は何を考えてるんだっ!
信じられないっっ!!!
「全部一から話してくださいっ!!」
(その2へつづく)