終局の双六(しゅうきょくのすごろく) その4
宇多帝の別邸から大内裏にある右近衛府までは三里半(2km)ぐらいで、四半刻(30分)ぐらいで到着した。
右近衛府で右近衛権中将・藤原時平様の従者を名乗り、迎えに来たと告げると、対応してくれた兵衛が
「あれ?おかしいな。半刻(1時間)ぐらい前には権中将様は帰宅なさったよ。」
はぁ?
ということは、仕事後、直に宇多帝の別邸に向ったなら私が別邸を出る前に出会ってるハズ?
じゃあ今どこにいるの?
関白邸に帰った?
私の怪訝な顔を見てその兵衛が
「あぁ!君か!少年従者っていうのは。確か、言付けを頼まれてたんだよな~~~。ええと、何だっけ・・・
『始まりに戻る』
だったかな?それとも
『最初から』
だったかな?
まぁいいか、どっちかだよ!
権中将様が言付けしてくれとおっしゃってたよ!ハハハッ!」
何だかいい加減だなぁ。
『始まりに戻る』か『最初から』って何?
関白邸に帰ってるってこと?
う~~んと頭を捻りながら宇多帝の別邸に戻った。
宇多帝の姫が侍所まで迎えに来てて
「平次兄さまはどこ?いっしょにつれて帰ってくると思ったのに!!!」
私が一人なのを見てヒステリックに叫んだ。
困った私はポリポリ頬を掻きながら
「悪者がいる場所に行ったら、若殿が既に解放されてたんです。で、若殿が言付けを残したんです。
その言付けが『始まりに戻る』か『最初から』のどっちかですって。
何のことやらサッパリです!全く意味が分かりませんよねぇ。
姫は分かりますか?」
どうせ無理だろうなぁと思いながら一応聞いてみると、姫は腕を組んであごに指を添え、少し考えこんだ。
「兄さまはかいほうされたのよね?それなら・・・・」
呟いたあと、ハッ!と何かに気づいたかと思ったら
「分かった!こっちよ!竹丸!」
駆け出して侍所から廊下に出て、階段を降り、履物をはいて庭に出た。
私も東中門を通って庭へ、姫に合流した。
屋敷の南側中央にある池の、神仙思想の『神仙島』に見立てた中島へ、橋を渡る姫についていく。
中島には数本の松の木と一番大きな蓬莱山に見立てた岩と、小さめの方丈・瀛洲二つの岩がある。
姫は大きな蓬莱山へ小走りで近づき、岩の陰に入ると、
「やっぱり!平次兄さま!ここにいたのねっ!!」
私からはよく見えない岩陰からゴキゲンな声がした。
急いで駆けつけると、蓬莱山の南側にしゃがみ込んだ若殿の姿と、頸に抱き着く姫の姿があった。
「浄見、よく分かったね?それに『詰め双六』も全問正解だったんだろ?竹丸がこの屋敷から右近衛府に向かったということは。」
頸に巻き付く姫の腕をほどきながら立ち上がった。
ピンときてない私は大キョトン顔で
「どういう事ですか?なぜ若殿の居場所が分かったんですか?『始まりに戻る』とか『最初から』の意味は何ですか?」
姫が得意顔でエヘン!と胸を反らし
「ええとね、おしえてあげる!それはね、すごろくばんのマス目を、このやしきのたてものとかさね合わせると、白は西がわ南はしの車やどりからスタートして北のたてものを通って東がわ南はしの車やどりへ進むし、黒はそのぎゃくでしょ?で、『はじまりにもどる』と『さいしょから』のいみは『ふりだし』っていみだから、すごろくばんの『ふりだし』の場所はマス目のない真ん中の石のスタート位置近く、つまりにわで言うと、南がわの真ん中ってことでしょ?」
なるほど~~~!
双六盤の『ふりだし』の位置をこの屋敷に重ねて探したのかぁ~~~!
頭いいなぁ~~~!
感心しかけたけど、
いやっ!
私だって『始まりに戻る』と『最初から』が『ふりだし』だって気づけば簡単だったっ!!
と思うけど・・・・・うん。
若殿がうーーーん!と両手を上げて伸びをしながら
「言付けは『ふりだし』だったんだが、あの兵衛はそそっかしいやつだな。」
灰色のうろこ状の雲が連なる空を、夕焼けが、隙間は炎のような赤で染め、雲の薄い部分から厚い部分へは濃い赤からだんだんと、くすんだ赤へと変化していく様子に心を奪われた。
西へと夕日に近づくにつれ、炎の赤が増え、雲の灰色と赤のグラデーションが、雲を山のように立体的に見せ、まるで灼熱の赤土の大地を上下さかさまにして空に映したかのように見えた。
ボンヤリ空に見とれてる私を若殿が労って
「お前はもう関白邸に帰っていいぞ。ご苦労様。私はもう少し浄見と過ごしてから帰ることにする。」
わーーーいっ!!
お役御免だぁ!!
ウキウキしつつふと疑惑が湧いた。
「これから何するんですか?まさか、二人で美味しいモノを食べるんじゃないでしょうねぇ???
それなら帰りませんっ!!」
ムッとして宣言すると、宇多帝の姫が呆れつつもキッパリと
「もちろんっ!すごろくにきまってるでしょっ!!兄さまにかつまでやめないわっ!!」
若殿は呆気にとられポカンと口を開け私たちを交互の見たあと、諦めたように首を横に振った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ここで扱った対戦形式の双六は『盤双六』というそうで、サイト(「古代盤上遊戯」https://www.osakac.ac.jp/labs/kishi/yuugi.html)には『盤双六では、24マスの盤、白と黒各15個の駒、2個の賽を使います。出た目に従って1個または2個の駒を盤上に巡らせ、駒を進めることでゲームが進行します。』とありました。
サイコロでゾロ目が出た時のルールがまだハッキリ分かってないながら、そのサイトでは「倍進める」としていて「ゾロ目優遇がスゴイな!」と思いました。
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。