疫神の白滝(えきしんのしろたき) その6
思わず口を挟む。
若殿がニヤッと口の端で笑い、真田を睨み
「あながちそれも間違いではない。
あなたは普段から、生の鯖を扱っているから鯖に寄生虫がおり、それが人間の体内に入り胃に噛みつくと激痛が生じることを知っていた。
通常、その寄生虫は人間の体内で増殖することは無く、一週間ほどで死滅し、症状は治まる。
しかしその寄生虫に過敏症を持っていれば数時間内に死亡することもある。
入鹿宇美は運悪くそれに当てはまったんだ。
あなたは入鹿宇美を痛い目にあわせようとしたが、結果的には殺してしまった。違いますか?」
真田がブルブルと肩を震わせながら頷き
「はい。殺す気はありませんでした。苦しめばいいと思い、寄生虫のついた鯖の内臓を奴が口にする即席鮨に塗りつけました。
入鹿宇美が寄生虫に過敏症を持っていることは誓って知りませんでした。
私もいろいろな食べ物に過敏症がありその辛さはわかっていますから。
奴が上京する途中、私の料理店へ立ち寄らなければこんなことにはなりませんでした。」
「なぜ、何の恨みがあって入鹿宇美を苦しめようとしたんですか?信濃国守として赴任したとき、何があったんですか?」
真田は茫然とした表情で顔を上げ、若殿を見つめ返した。
「実は、信濃国守として初めて赴任した日、歓迎の宴が催され、そこに胡桃料理がたくさん出たのです。
胡桃の産地ですから、ある程度、覚悟してましたが、それにしてもどの料理にも胡桃が使われ、酒にまですりつぶした胡桃を混ぜられていました。
私は胡桃に過敏症があるものですから、目の前に並べられたたくさんの料理に手を付けるわけにもいかず、食べられないことを正直に打ち明けるべきか他の言い訳を考えるか、身もだえ、苦しみ、悩んでいました。
それをみた国介である入鹿宇美が『そのように胡桃料理を前にして苦しんでおられる様子は怪しいですな。あなたはもしや寸白が人に生まれ変わった寸白男ではないのですか?』と突拍子もない事を言い始めたのです。
否定しても『この国は胡桃の木が至る所に生えております。ここで暮らすからには、胡桃を食えないなど許されませんぞ!寸白の生まれ変わりでないなら胡桃入りの酒が飲めるはずです!さあ飲んで下さい!』と杯を押し付け、飲めと迫るのです。
窮した私は頭が真っ白になり、しまいには『私は寸白男だ!』と叫んでその場から飛び出し逃げ出したのです!
冷静になり戻ろうとしても国衙(国司が地方政務を執った役所)では『寸白が人の形になって国守に任じられたが、胡桃を食えず正体を現し、溶けて消えてしまった』という噂でもちきりでした。
とても国守の務めを続けることなどできなかったのです!」
(*作者注:『今昔物語 巻第二十八 寸白、信濃守に任じて解け失する語、第三十九』)
はぁ~~~~???!!!
寸白に罹患した母親から生まれたから寸白の生まれ変わりなの?
例えそうだとしても胡桃は虫下しじゃないでしょ?
百歩譲って、センダンの皮ならまだわかるけどっっ!!
入鹿宇美は単に若いイケメン上司の真田を追い払いたかっただけじゃないの?
嫌がらせにしては度が過ぎてるっ!!
真田が怒って寄生虫入り鯖即席鮨を食べさせた気持ちも充~~~分っわかるっ!!
弾正台は『悪意はあったが殺意は無かった』として罪には問わず、真田を釈放した。
帰り道、まだ頭の中にモヤモヤ残る疑問をハッキリさせようと
「じゃあxxの滝で日照りが続くと起きる、下痢・嘔吐は何のせいだったんですか?入鹿宇美と関係がないなら。」
若殿は眉をひそめ
「あの滝つぼの水を、お前が飲まなかったのは正解だ。
滝つぼの水が流れ出さず、溜まることが多い日照り続きの状況では、水浴びした者は混入した病原菌の被害を受けやすい。
この病原菌によって引き起こされる腹痛・嘔吐は、あの滝つぼでは『悪霊を体内から祓い出せた証拠』として以前から有名な症状だった。
あの滝つぼで水行し、一度も下痢・嘔吐の症状が出なかったのは能呂上人だけだ。
つまり能呂上人は自分には症状が現れず、無自覚に病原菌を排出し続ける病原菌保菌者だ。
能呂上人がxxの滝で修行するのをやめない限り、今後も腹痛を訴える修行者は後を絶たないだろうな。」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ノロウイルス・・・滝つぼでも大人数を感染させる威力は凄いな!!と思いました。
『馬の糞便を淵に投げ入れて雨乞い(近畿民俗学会 1973年 「雨乞の一方法-汚穢による雨乞-」高谷重夫 引用文献『讃岐の伝説』香川県)』が実際にあったようですが、祈祷者に腹痛を起こしてその犠牲と引き換えに天が雨を降らせてくれるという取引?感覚でしょうか。