疫神の白滝(えきしんのしろたき) その5
若殿は満足そうにうなずき
「実は、同行していた男性の死に関わっている可能性があるんです。死亡した男性が真田のことを『寸白男』と揶揄していたそうですが、これについて何か知ってることはありますか?」
たっぷりとした沈黙のあと
「・・・・もしかしたら、私があの子を妊娠中に寸白に罹ったことがどこかから漏れ、そのようなあだ名で呼ばれているのかもしれません。あの子を出産後、ちゃんと医師に処方された苦楝皮(センダンの木の皮。虫下しの生薬)を飲み治療しました。
あの、まさか、あの子が同行の男性を殺した犯人とされ、逃亡しているのですか?あぁ、どうしましょう!やっと再会できると喜んだ途端、殺人の罪に問われているだなんて!!まさか、信濃国から逃亡したときはすでに他の罪を背負っていたんでしょうか?そんな人間になり果ててしまったんでしょうか?信じられないっ!!」
途切れ途切れに呟き、死んだと思っていた息子の無事を知った安堵と、罪人かつ逃亡犯として追われる身であるという不安がないまぜになった感情が声を震わせていた。
う~~~ん。
母親が真田をかくまってるとは考えにくい。
アレ?
まてよ、と疑問に思って
「真田は食べ物の好き嫌いが多かったのに、今は料理人をしてるんですよね?変じゃないですか?」
口に出すと、若殿が
「鯖街道を通って京へ輸送される新鮮な鯖を使って、甘酢を混ぜた飯と合わせて握り、馴れ鮨(魚を塩とデンプン(代表的には米飯)で乳酸発酵させた食品)のような味を即席で楽しめる即席鮨を開発したそうだ。」
真田の母親が私に話しかける。
「好き嫌いは多かったけれど、味にはうるさかったのよ。胡桃とか食べると具合が悪くなる、体質に合わない食材もあったから、出された料理の食材や調理法を確認するような子でした。料理人は性に合っているのかもねぇ。」
ふぅ~~ん。
『食べ物の好き嫌い』という欠点がのちに、『味へのこだわり』という強みになるって、人生どう転ぶかわからない!
私の『怠け癖』も『強み』になる日が、きっと!いつか!必ずくるっ!!
・・・・こないか?
真田の母親と対面を終え、帰路につくと、入鹿宇美と真田の関係についてハッと気づいた。
「入鹿宇美は今の信濃国介で、真田は三年前の信濃国守なら、赴任した当時、入鹿宇美と真田は出会っていたんじゃないですか?その縁で一緒にxxの滝を訪れたんですね?母親が寸白に罹患してたのもバレてて『寸白男』ってあだ名をつけられたんですね?!!真田はイヤなあだ名で呼ばれたから入鹿宇美に毒を飲ませて殺したんですか?」
若殿がしっかりした口調で
「全ては真田に会い、直接話を聞けば明らかになるだろう。」
一週間ほどたったころ、琵琶湖の街道にある駅家にも、弾正台が出した『真田の追捕命令』が伝わったのか、真田本人が弾正台を訪れた。
巌谷から呼び出された若殿にピッタリくっついて、私も弾正台を訪れた。
尋問のための房で、巌谷の目の前に座る真田は、狩之の証言の通り、色白でヒョロっと背が高く、首が長くて撫肩な男性。
透明感のある白い肌に、クッキリとした二重の目元の整った顔立ちで、人目を惹く、どこか普通の人間とは違った雰囲気がある。
入鹿宇美が『寸白男』というあだ名をつけたのもちょっと納得してしまうほど、人間離れした美男子ちゃ美男子。
若殿が巌谷の横に座って真田を睨み付け
「私の説明に誤りがあれば訂正してください。
入鹿宇美が死んだ日、あなたは持参した鯖の即席鮨をxxの滝で修行する前、入鹿宇美に振る舞った。
水行が終わり着替えをしている最中、その鯖鮨にあたった入鹿宇美が運悪く死んでしまった。違いますか?」
真田は青ざめた表情でうつむき、身体を硬くして黙り込んでいる。
えぇっ~~~~???!!!
タダの食中毒?
真田が殺したわけじゃないの?
いや、でもっっ!!
「真田が作った鯖鮨に毒を盛ったんじゃないですか?」
(その6へつづく)