疫神の白滝(えきしんのしろたき) その4
中年男性は胸元から扇を取り出して開き、自分を扇ぎながら
「そうですねぇ。こういう日照りが続くときには、水行した後、必ずといっていい程、腹を壊したり、口から戻したりしますねぇ。二三日で回復しますがねぇ。それまでは何度も用足しに行くハメになります。
能呂上人に相談すると『体に憑りついていた悪霊が祓われた証拠です。口や尻から吐物や下痢となって体内から出ていくのです』といわれましたねぇ。」
若殿は納得したようにニヤリと笑みを浮かべた。
細い階段を降りきり、広い山道に出ると、勝手に足が前に出るのに任せて、楽ちん!楽勝!と思いながらご機嫌に歩いた。
思いついたことをすぐさま口に出し
「入鹿宇美は狩之やさっきの中年男性みたいに腹を下す症状が酷かったので死んだんでしょうか?あの滝つぼに原因があるんでしょうか?腹を下す原因になるものが滝つぼの水に混じってる?でも、能呂上人は毎日、水垢離しても健康そうでしたよねぇ~~。弟子の狩之は顔色が悪かったですけど。」
大人ふたりは無言で歩き続ける。
「でも、入鹿宇美は連れの寸白男・真田と仲が悪かったなら毒殺とも考えられるのかぁ~~。そうなると龍王の『天罰説』や『雨乞い祈願者説』は立ち消えですよね。」
口に出すと、ある考えがひらめいた。
どれも白くて細長いモノや、お腹関係の体調不良に結びつく!
でも、何が何やら頭がゴチャゴチャになりそう!
よし、一旦整理しよう!
・入鹿宇美は胸の下の腹に激痛を感じ、のたうち回って苦しみ、死亡。
→腹部体調不良
・入鹿宇美の連れは寸白男の真田。
→白くて細長い
・xxの滝は龍王を祀り、雨乞いをする場所。雨を降らせるのは白蛇。
→白くて細長い
・雨乞いを祈願した者は腹痛をおこす。
→腹部体調不良
・xxの滝で日照りが続くと、水行のあと腹を下す。
→腹部体調不良
・xxの滝
→白くて細長い。
あと、関係ないけど能呂上人は何回水行しても腹を下さない。
一刻半(3時間)程かけて、弾正台にやっと帰り着いた。
はぁ~~~~!もうクタクタっ!!
巌谷の曹司でグタァ~~~ッと溶けて寝転がってると、そばに座った若殿が入鹿宇美と真田の身元を記した文を読んでる。
「真田は鯖街道(若狭国などの小浜藩領内(おおむね現在の福井県嶺南地方に該当)と京都を結ぶ街道の総称)の駅家にある料理店で、鮨を作っている職人なんだな。まてよ、真田の名前に見覚えがある。巌谷っ!これを調べてくれっ!」
何かを頼み、巌谷は調べるために曹司を出ていった。
戻ってきた巌谷が驚愕と興奮で顔を火照らせ
「そうですっ!頭中将様っ!!仰る通りでした。真田は先の信濃国守でしたっ!若くして地方の長官にまで上り詰めた優秀な人物でしたが、三年前、信濃国へ赴任した直後、失踪し、職責を放棄したと訴えられ、信濃国守の任を解かれたのです。京に母がいるようですが、連絡は取りあっているかどうか。母親も国守まで務めた出来のいい息子が、よもや琵琶湖の街道で料理人をしているとは思いもしなかったでしょう。」
「では明日は真田の母親に会いに行き、話を聞くことにします。」
若殿が告げると巌谷は頭をチャキッ!と下げて若殿に会釈し、我々は関白邸に帰った。
翌日、真田の母親の屋敷を訪れると、東の対の屋に通され、出居で、御簾越しに対面することができた。
くたびれたようなしわがれた女性の声で
「はい。真田は息子でございます。幼いころから手のかかる子で、食べ物の好き嫌いも多く、将来を心配しておりましたが、無事、三年前、信濃国守を拝命いたしました。立派なお役目を得て、安堵するも、赴任直後、行方知れずとなってしまい、今頃はどこぞで骨となっているかもしれません。可哀想な子です。」
若殿が反応を確かめるように御簾の中を見つめ
「昨日、山中の滝つぼで生きた姿を目撃されました。現在は琵琶湖の街道付近で料理店を営んでるそうです。」
真田の母親が驚いたようにハッと息をのみ、
「まさか!本当ですの?そんなっ!!ではなぜ連絡してくれないの?なぜ国守の職務を放り出して信濃国から失踪したの?何かご存じありませんか?様子は?元気そうでしたか?」
(その5へつづく)