疫神の白滝(えきしんのしろたき) その3
狩之は能呂上人よりも日焼けした、艶のない皮と骨だけの、ガリガリに痩せた、頬はこけ、落ちくぼんだ目の光だけが爛々と輝く、二十歳前後の若者だった。
能呂上人と同様の白装束で、都の貴族達の贅沢や放埓や驕慢の対極にあるような人物に見えた。
正座した膝を握りしめボソボソと話し始めた。
「今朝、滝行をしたいと入鹿宇美と真田がここへ来ましたので、記帳していただき、白装束へ着替えてていただき滝へ案内しました。手順通り滝行を終え、再びここで着替えをされている間、私は外で待っていましたが、真田が慌てた声で『誰かっ!来てくれっ!連れが苦しんでいる』と叫ぶのを聞き、中へ入ると、入鹿宇美が胸の下あたりを押さえ横たわりながらゴロゴロと転がり、『うぅ~~~』とうめき続けていました。どうしていいかわからず、師匠を滝つぼへ呼びに行き帰ってくると、もう蒼白な顔で、手足の力も抜け、全身がダランとして横たわっておりました。呼吸を確認するとありませんでした。」
「真田は何をしてましたか?」
「そばにいて入鹿宇美を見下ろしたまま、茫然と立ちすくんでいたようでした。」
答えたあと、狩之は腹に手を当て、焦ったような顔で
「す、少し、失礼しますっ!!」
慌てて立ち上がり、外へ足早に立ち去った。
戻ってくると、困ったように頭を掻きながら
「失礼しました。時々、腹具合がすぐれず、日に何度も用を足さねばならないものですから。何のお話でしたっけ?」
若殿は眉を上げ、興味を示した。
「入鹿宇美の連れである真田はどんな人物でしたか?二人の関係は?仲は良好でしたか?」
狩之は思い出そうと上を向き、腕を組み
「良好とは言えないと思います。入鹿宇美は年下の真田に丁寧な言葉を使っていましたが、『そうでしょう?寸白男さん?ハハハッ!』などと、あざ笑っていたようです。入鹿宇美は五十半ば、真田は三十後半の年齢に見えました。真田は確かに背が高く痩せていて色白でした。」
寸白男???
って何?
私の疑問を察して若殿が
「寸白とは白くて扁平な紐のような寄生虫(*作者注:サナダムシ)のことだ。汚染された生肉や生魚を食べることで、腸内に寄生する。」
「真田の腹に寸白が寄生していたから『寸白男』って呼ばれたんでしょうか?」
狩之は首を横に振り
「分かりません。」
言ったあと、正座した足をムズムズし、早口で
「あのっ!もうお話は終わりでよろしいですかっ?知ってることは全部話しましたっ!いいですよねっ?!!」
若殿が頷くと同時に、慌てて立ち上がってまた外へ駆けだした。
う~~~ん。
ずっとお尻から出続ける大変なやつねぇ~~~。
お疲れ様です。
巌谷と若殿が話し合い、ここでの調査を終え帰ることになった。
僧坊から出て山を下りようとすると、滝つぼへ続く道から能呂上人が下りてきた。
「もうお帰りですか。調査を終えられたのですね。入鹿宇美の死因は判明しましたか?」
我々は立ち止まり、巌谷が
「いいえ。真田を探しだし、詳しく話を聞くつもりです。それにしても、毎日、何度も水垢離をなさってるんですか?」
能呂上人はカラカラと胸を張って笑いながら
「そうです。修行ですから鍛錬を積めば積むほど体も強くなります。病ひとつしません!私が滝行志願者を案内することもあります。」
一日に何度も水に入って、風邪をひいたりしないのかな?
ん?
そもそも健康じゃないと修行できないか。
毎日、鍛錬をつむと体も丈夫になるのかなぁ。
まぁ、私は修行なんてもしなくてもゴロゴロしてるだけで丈夫な体を手に入れてるけど!!
山を降りようと、石段を下りていると、上ってくる筒袖姿(庶民の服装)の中年男性とすれ違った。
若殿が足を止め、
「もしかして、滝行を志願されるんですか?」
いきなり話しかけられた中年男性は胡散臭そうな目で若殿を見ながら
「はい。そうですが・・・」
「私は弾正台の役人です。上の僧坊で男性が死亡した事件を御存じですか?」
中年男性はギョッとし
「えぇ?そうなんですか?知りませんでした。そうですかぁ~~。でもせっかくきたしなぁ・・・。よく来るんですよ。禊という名目ですが、水浴びがてらねぇ。特に最近は日照り続きで暑いでしょう?」
「つかぬ事をお聞きしますが、ここの滝行で体調を壊したことはありますか?」
(その4へつづく)