疫神の白滝(えきしんのしろたき) その2
能呂上人がしかめ面で
「ええ。ご遺体はすでに化野へ運び埋葬しました。弾正台には弟子のひとりが届け出に行きましたでしょう?ご遺体の身元や連れの男の身元も記した文を持たせましたが。」
巌谷が疑い深そうなまなざしで能呂上人をチラ見し
「はい。確かに受け取りました。用意周到で結構なことですが、こちらでは滝行の志願者に、身元を記帳させるんでしたね?」
若殿がキョロキョロ周囲を見回し
「先に滝つぼを見てきます。この石段をのぼった先ですね?」
能呂上人がウンと頷くと、若殿が歩き出したので私も急いで付いていく。
さらに細い石段になった山道をしばらく上ると、三丈(9m)ぐらいの高さの、大きな岩でできた壁と壁の間を、白い飛沫をあげて流れ落ちる滝が現れた。
水が流れ落ちる淵は四畳ぐらいの広さの滝つぼになってた。
滝つぼを覗き込むと中の水は濃い緑に濁って底が見えず、岩の苔が生えてる境界より水面が随分低い。
「この滝を頭に受けて修行するんですよね?流れ落ちる水の量が少なく見えますね?チョロチョロ頭にあたるって、修行というより心地いい水浴びぐらいじゃないですかぁ?それに、岩の苔の生えてない部分がむき出しになってるってことは、滝つぼの水かさもいつもより減ってるってことですよね?」
若殿がウンと頷き
「ここ最近の日照りで、水量が減ったんだな。」
確かに濃緑の水面を揺らす波もわずかで、全体的にどんより澱んだ雰囲気。
一応、手を水につけパチャパチャして涼を楽しんだけど、飲む気にはならなかった。
ここまで登ってくる途中、巌谷から聞いた被害者の情報を整理してみる。
「ええと、確か、腹の激痛で、のたうち回って死んだのが入鹿宇美という人で、信濃国の介(国司の次官)なんですよね?京へは仕事で訪れ、この水行修行場へは水垢離のために連れの男と来たんですよね。水垢離って禊って意味ですけど、何か洗い落としたい罪や穢れでもあったんでしょうか?」
ハッ!とひらめき
「もしかして!信濃国で強盗殺人とか重罪を犯して、罪悪感に耐えられなくなって、禊しにきたけど、逆にこの滝の神様から天罰がくだって死んだんですかね?」
若殿が肩をすくめ、
「確かに鳥居があった、ということは神様も祀ってるんだな。何の神様だろう?」
我々が上ってきた山道の方から巌谷の声で
「地域住民が祀る龍王だそうです。ほら、そこに祠があるでしょう?『昔、ここで雨乞いを行う時は、馬の糞を渕に投げ込み水をかき回した。すると白色の蛇が現れて黒雲を呼んで大雨を降らせたという。これを行った者は必ず腹痛を患う』という伝承があるようです。」
指さす方向には、確かに赤子ひとりが立って入れるくらいの小型の社殿(神社の建造物)があった。
戸は閉まってるから中は見えない。
ほらぁ~~っっ!!
辻褄が合うッッ!!
すっかり得意になって、人さし指をたて、思いついた仮説を披露する。
「つまり、入鹿宇美はこの滝つぼで水行しつつ、この日照りを止めるため、雨乞いしたんです!だから腹痛を患って死んだんですっ!!」
若殿が眉をひそめ、最大怪訝顔になり
「だから、罪を犯した禊のため水垢離し龍王から天罰が下されたのか、雨乞いしたせいで腹痛を患ったのかどっちなんだ?」
「両方じゃないですか?どっちかがついでですよぉ~~~。」
私の意見を無視し、巌谷と話し合いながら歩き始めた若殿が
「連れの男の身元は?今どこにいるんだ?話を聞きたいが。」
「真田という料理人だそうです。琵琶湖の街道沿いの駅家(官道の往来に使う駅馬を備え、旅行者の休憩・宿泊所も備えた)で宿泊客を相手に店を出しているそうです。」
若殿があごに手を当て、考え込んだあと
「入鹿宇美がのたうち回って苦しんでいるのを目撃した者は他にいたか?話を聞きたいんだが。」
巌谷がウンウンと頷き
「そうおっしゃると思い、弾正台に報告に来た能呂上人の弟子・狩之が帰ってきたのを待たせております。僧坊へ行きましょう。」
来た道を戻り、僧坊につくと縁にあがって中に入った。
歩くたびにギシッと音を立てる黒ずんだ床板を踏みながら、狩之のところへ案内されると、木造の仏像(不動明王?)に向かって手を合わせ何やらブツブツ経を唱えてた。
狩之がこちらを振り返り、向かい合うとすぐ、若殿が話しかけた。
「あなたが目撃したことを、順を追って話してください。」
(その3へつづく)