疫神の白滝(えきしんのしろたき) その1
【あらすじ:水浴びすれば涼しそうな滝を、頭に受け修行する滝行で、腹の激痛により男性が死亡する事件が起こった。白い飛沫を上げる滝は日照り続きで水量は少なめ。死亡した男性の連れは、『寸白男』って変なあだ名で呼ばれてたけど色白で細長いせい?それとも他にワケがあるの?腹痛や白くて細長いモノが、やたら絡んだこの事件を、時平様は今日も快刀乱麻に解き明かす!】
私の名前は竹丸。
歳は十になったばかりだ。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭兼右近衛権中将・藤原時平様に仕える侍従である。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は白くて細長いものは多いですよね!というお話(?)
突き抜けるような青い空、容赦なく照りつける太陽が、業火のような酷暑を衆生にもたらしているある日の午後。
水を飲むそばから汗が噴き出て衣を濡らし、肌に張り付く不快さに耐えながら、侍所でゴロゴロしていると、弾正台の役人・巌谷が若殿を訪ねてきた。
ゲジゲジ眉を少し上げ、無駄に密な睫毛が縁取るギョロッとした目を細め、目じりにシワを作ると、サッと手を上げ
「よう!竹丸、xxの滝という滝行が行われる修験の地を知ってるか?」
「はぁ、知りませんけど、水行って水に浸かるんですよね?」
クソ暑さも手伝い、山中の、うっそうとした木々に囲まれた薄暗・ひんやり空間に一瞬で脳内旅行した私はウキウキと
「行くんですか?私も行きたいっ!水浴びしたいですっ!!」
ツバを飛ばした。
巌谷は『してやったり』の大ニンマリ顔で
「そこで水行した男が直後に腹部の激痛に襲われ、のたうち回って死んだんだが、それでも行くか?」
えぇっっ??!!!
のたうち回るほどの激痛で死んだっ??!!
怖っっ!!
行くわけないでしょっっ!!
ブンブン首を横に振る。
「原因はわかったのか?何だったんだ?」
若殿がいつの間にか私の後ろに立って巌谷に話しかけた。
巌谷はピシッと背筋を伸ばし、ニンマリを引っ込め、ゲジゲジ眉をまっすぐにして
「はっ!それが、まだ現地に出かけておらず、xxの滝で水行をしていた者で、激痛に苦しみながら死んだのを目撃したという人物が弾正台に先ほど通報したのです。これから現地へ調査に出かけるつもりですが、お時間が許すようでしたら、ぜひとも頭中将様のお力を拝借いたしたく存じます!」
xxの滝は京の都から北西に、二十五里(13.7km)程進んだ山奥にあり、背の高い木々に囲まれた広めの山道を少しのぼったあと、沢に沿ってさらに進む。
大人の腕ぐらいの太さの枝で滑らないように階段を作ってある道や石畳を階段状に敷き詰めた細い道が、沢を横切り、うねるように山の上へ続いている。
茂った木々に囲まれ、水分と清涼な木の匂いを含んだ美味しいひんやりとした空気に包まれた快適空間!
苔むした石の階段を滑らないよう神経をとがらせながら、大人ふたりに遅れまいとついていく。
山道やそれを囲む斜面には落ち葉が積もり、沢の縁を固める岩はことごとくびっしりと緑の苔で覆われていた。
狭い山道の石段を登り続け、息が上がってきたころ、ふと顔を上げるとこじんまりとした石造りの鳥居が現れた。
鳥居をくぐりさらに少し石段を登ると開けた場所に僧坊のような建物があった。
山門をくぐった覚えも無かったので、寺かどうかもわからない。
若殿と巌谷が僧坊の入り口で中へ向かって声をかけると、白装束姿の僧が現れた。
巌谷が名前を訊ねると能呂上人と答えた。
能呂上人は筋肉質だがやせ型で、頬骨が張り、修行僧あるあるの日焼けし、ゴツゴツとした顔つき。
「弾正台の役人・巌谷と申す者ですが、今朝、ここで滝行を受けた男性が、腹部の激痛により死亡したそうですね?」
(その2へつづく)