柔靭の白羽(じゅうじんのしらは) その6
巌谷が頷き、右兵衛府の門から中に入り、しばらくすると褐衣という身分の低い武官の服装をした、三人の兵衛が連れられて出てきた。
三人とも今回は弓を手に持ち、壺胡籙に矢を入れて背負っていた。
兵衛の一人がソワソワし、目の前に立つ若殿とロクに目を合わそうともせず
「こ、これから警備の仕事なんです!お話ってなんですか!右中将どの!手早くお願いしますっ!」
狼狽えた口ぶり。
他の二人も、頭を掻いたり、袖をまくって腕をガリガリ掻いたり、足を踏み鳴らして行ったり来たりで落ち着かない。
若殿がギロっと三人を睨み付け
「今日の昼間、女房を射た長い矢を飛ばすための道具を見せろっ!!」
兵衛たちはピタッと動きを止め、ゴクリと固唾をのんだ。
若殿が苛立った口調で
「何のことか分からないフリはやめろっ!
大舎人に捕まった時に見せた、先に突起がついた二尺(60cm)ほどの棒だっ!!」
一喝すると、三人とも俯き、地面をジッとみてる。
若殿が三人を順に睨みまわし、咎める口調で
「あれは何だ?古代の武器を再現したのか?手作りか?
突起に矢の尾部をひっかけ投擲すれば、手で矢を投げるよりも飛距離が格段に伸びる道具だ。
宴の松原で試しに使ってみたんだろう?
手元が狂い、的を外したあげく運悪く内裏に飛んで行ってしまい、さらに運悪く女房の背中に命中してしまったんだな?」
はぁ~~~???!!!!
手作り武器??!!!って、そんなによく飛ぶの?
宴の松原から内裏って確か一町半(170m)ぐらいあるのにっ??!!
「よく飛ぶんですねぇ!!すご~~~~~~っっ!!!しかも五尺(150cm)もある長い、グニャグニャな矢だったんでしょ?飛ばしにくそうなのに、なおさら凄いですっ!!」
驚愕かつ感嘆の声を上げた。
若殿がニヤッと満面の笑みで
「違うぞ。弾力があり、長いことが、棒(アトラトル・手持ちの投槍器)で矢(槍)を飛ばすためには重要なんだ。矢が投げられた直後と飛ぶ最中、グニャグニャ曲がることで重心が一点に安定し、狙った的へ当たるんだ。硬い棒だと重心が安定せず、投げた直後に縦になり獲物に命中しない。弓が発明される以前に狩りに使われた道具だ。」
「へぇ~~~!グニャグニャ飛んできても命中するって凄いですねぇ~~!!」
若殿が微笑み
「後で見せてやる。」
言ったあと、三人に視線を戻し、再び睨み付け、
「正直に白状すれば、事故ということで軽い罪状で処分されるが、殺人となると罪は重くなるぞ。」
兵衛の一人がふぅっとため息をつき、青ざめた顔で
「はい。では、正直に申します。右中将さまの言う通りです。書を読んで興味を持ち、古代の投擲器を再現しました。完成したので試しに飛ばしてみようと軽い気持ちだったのです。宴の松原で木の幹を狙ったつもりが大きく外れ、内裏の方向へ飛んで行ってしまいました。まさか偶然、誰かに命中するとは考えもしませんでした。軽率な行動でした。」
ボソボソと告白し、項垂れた。
他の二人のうち一人がサッと顔を上げ、焦ったように唾を飛ばし
「だ、内裏を、ましてや帝を狙ったつもりは一切ありません!あんなに飛ぶとは思いもしませんでしたっ!!悪気はなかったんです!信じてくださいっ!!亡くなった女房の親族には必ず謝罪に行きますっ!!」
もう一人は項垂れ、泣き出しそうな声で
「大騒ぎになり、謀反だと騒ぐ声を聞き、怖くなったんです!大舎人が犯人を捕まえにきたとき、質問に正直に答えれば謀反人だと断定され、死刑になるかもしれないと思い『散歩に来た』と嘘をつきました。女房に命中したと聞いてなんてことをしたんだと後悔でいっぱいになりましたが、将来を棒に振るぐらいなら一生黙っていようと三人で決めたんです・・・ウッウッ!」
声を殺して泣いてた。
若殿が真相に気づかなければ、一生黙ってるつもりだったのね?
気持ちはわかるし、結局事故だけど、誤って人を殺してしまった罪悪感に一生耐え続けるのは、普通の人ならこれはこれで拷問。
その後、三人は弾正台に連行され、取り調べを受けることになった。
大内裏から関白邸に帰宅する途中、歩きながらふと空を見上げると、薄曇の紗を纏ったような、魅惑的で艶やかな半月が東の空に顔を出していた。
まだ残る疑問を若殿にぶつける。
「信濃が残した死に際遺言『しらは、えて、うれ、つつ、がな』は一体何の意味があったんですか?」
「昨夜の大歌所の宴会に、信濃が出席したと言っただろ?そこで舞を舞った、お前のいうところの『遊び女』の名は何という?」
袿を変に着崩してたけど、舞姿が楽しみな美人!
想像してニヤケながら
「猩子ですが、それがどうかしたんですか?」
若殿が首を横に振り
「お前は勘違いしている。それは子猿の名前だ。」
えぇ?
そうなのっ?!!!
確かに、早太郎と話した時、主語はなかったけど、子猿の名前が猩子なのか!
「巌谷から聞いたところによると、旅芸人のその女子の名は『白羽』というらしい。
世間では彼女のことを『遊び女』というが、厳しい環境を、柔軟かつ強靭に生き抜く姿は逞しく、見事で、尊敬に値する。
白羽というその女子を、大歌所の宴会で見かけた信濃は、彼女が国に残した自分の娘だと気づいた。
つまり、信濃はもう会えないと思っていた生き別れの娘に再会し、死ぬ間際、彼女へ向けて
『白羽、逢えて嬉しかった。つつがなく過ごしてほしい』
と言い残したんだ。」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
「猿神伝承」で人身御供の若い娘を要求したのは、猿の化生・狒々(ひひ)ではなく生き残った、現生人類の亜種(ネアンデルタール人など)じゃないかな?とか考えたらオカルトですかね?
時平と浄見の物語は「少女・浄見 (しょうじょ・きよみ)」に書いております。