柔靭の白羽(じゅうじんのしらは) その5
若殿が少し眉を上げ興味を示した。
ええっと、他に怪しいのは、真言院を訪れた僧侶かぁ、持ち物は普通だなぁ。
錫杖って、先っぽに金属の輪がついてて振り回したらシャンシャン音がなるやつ?
弓の代わりにはならないなぁ。
「真言院を訪れた僧侶の服装は?ダボッとした袈裟の中に弓を隠してたとか?」
「それは無いと思うが・・・・そこまで詳しく調べていないようだが。」
ビミョーな答えっ!!
あとは、采女町かぁ・・・宿舎では女官が下着姿(小袖)でうろついてるのか。
女子しかいない場所だと、気が緩んで恥も外聞もないのかなぁ・・・。
下着姿と聞いて猩子のことを思い出して
「腰ひもに、袿の裾を挟み込んだ変な恰好の遊び女と呼ばれる女性が、旅芸人の一団にいました!猩子という名で、『春を売る』らしいんですが、どうやって季節を売るんでしょうね?値段はいくらなんでしょうか?冬とか寒い季節に買うと温かくなるんでしょうか?どれくらい持つんでしょうか?」
私の真摯な疑問は大人たちの『ウォッホン!』という咳払いにかき消され無視された。
ともあれ、
『猿の芸をする旅芸人たちは絶対犯人じゃない!!早く釈放すべき!』
と強調する私の意見を含んだ、お互いの情報を交換し終えたあと、黙り込み考え込んでしまった巌谷と若殿の真似をして、黙り込んで矢を放った犯人を推理してみる。
う~~~ん。
矢?
白い羽、白羽がついた矢?
白羽の矢!
といえば、各地に伝わる昔話に、『白羽の矢が屋根に立った家の娘は、生贄として山に連れて行かれて、猿神に捧げられる』というのがあるらしいが、それと何か関係があるの?
「あっ!!!」
思わず声を上げ
「信濃は猿神の生贄にされたんじゃないですか?そうです!旅芸人の早太郎は猿の芸を披露してます!あの子猿が実は猿神で、夜は大きな化け物の姿に変じて、娘を食べるんですよっ!!犯人は猿です!!」
若殿と巌谷は顔を見合わせ、何を言ってるのか理解できていない様子。
「ほらっ!!しっぺい太郎伝承って聞いたことあるでしょ!しっぺい太郎という名前の犬を戦わせて猿神を退治した話とかのっ!!」
さらに脳内で次の閃きがスパークっ!
そうだ!そうだったんだっ!!
あの死に際遺言の意味は!
キレッキレの推理だ!
「信濃が死ぬ間際に『しらは、えて、うれ、つつ、がな』と言ったでしょ!あれは『白羽の矢を受けて・・・』みたいな事を言ってたんですよっ!!全部がつながりましたっ!!」
得意満面で言い放った。
若殿が怪訝な顔で
「じゃあお前は猿神が念力で矢を飛ばしたと言いたいのか?」
ウンと頷き
「そうです!可愛い子猿に見えて、妖怪だったんです!」
子猿の芸も見てみたかったが、化け物猿も見てみたいっ!
怖いけど。
若殿が眉を上げ目を丸くし驚いた後、片方の口角を上げニヤッと笑い
「では、私はその子猿が化け物ではないという証拠を見せてやる。ついてこい。」
立ち上がってサッサと歩き出した。
曹司の外はすっかり日が落ち、夕闇に包まれていた。
薄曇りの空は夜も星が見えず、各官庁の建物の塀に沿って並べられる篝火の明るさを頼りに、北へ向かって、おそらく宴の松原へ向かって歩いている。
人食い鬼が住む松林はやっぱり薄気味悪く、そこへ差し掛かった途端、背筋がゾクゾクするほど寒気がした。
若殿にコソっと近づき直衣の背中をギュッと引っ張るので、足が絡まりそうになると、キッ!と振り返り
「チッ!」
イラっとして舌打ちされ
「掴むなら袖にしろっ!!足を蹴るなっ!!」
言われたので袖をギュッと握り、離れないようにグルっと手に絡ませた。
ビクビクしながら
『真っ暗な松林に入るのか~~~?!!!』
とソワソワしてると、手前で西に曲がり、目の前に見えた建物に着くと
「右兵衛府だ。巌谷、昼間、宴の松原にいた三人組を呼び出してくれ。」
(その6へつづく)