柔靭の白羽(じゅうじんのしらは) その4
早太郎が少し変な間をあけ
「あぁ、名前は猩子というんだ。可愛いだろ?」
確かに美人だったので、彼女の舞も楽しみになり
「はい。三日後の興行、楽しみにしてますっ!xx寺へ絶対見に行きますねっ!!」
「おうっ!!お役人が早くここから出してくれることをお前も祈っていてくれっ!!」
早太郎の困った表情のわりに明るい声に安心して、ウンと大きくうなずき、巌谷の尋問に戻った。
総じて退屈な尋問がやっと終わり、夕方になると、若殿が弾正台に現れた。
巌谷は旅芸人たちを弾正台の雑舎に閉じ込め、見張りをつけることにした。
私が巌谷に
「食事や寝る場所・排泄とか最低限の人道的扱いはしてくださいねっ!!」
旅芸人一団の代理人よろしく、厳しく要求をつきつけると巌谷は肩をすくめ
「ハイハイ。」
呆れ顔をし、若殿はワケが分からずキョトンとしてた。
弾正台の巌谷の曹司で膝を突き合せて、各々の調査の結果を報告した。
若殿が
「尚侍を通して、信濃の死を目撃した女房・光前を呼び出してもらい、聞いた話によると、信濃は大歌が好きで、以前から親交がある大歌所の宴会に昨夜も参加したらしい。信濃は死ぬ間際に『しらは、えて、うれ、つつ、がな』という言葉を残したのも本当だった。」
死に際遺言?
和歌?
何が言いたかったの?
意味があるの?
「犯人を知っていて、その名前でしょうか?」
若殿は首を横に振り、続けて
「まだ何とも言えない。」
はっ!と思いつき
「信濃が実は重要人物で、高貴な人の不都合な秘密を知っているから、狙われて殺されたとは考えられないんですか?」
若殿が目を丸くし、豆鉄砲を食らったみたいな顔で
「は?暗殺?まぁ、無いとは言えないが。信濃は在京の貴族ではなく地方豪族の娘で、信濃国では前夫との間に子がいたが、赴任した国司に見初められて離婚・上京し再婚した。
夫の推薦をうけ、教養と知性を女御に認められ、宮中に出仕し重宝されていたらしい。」
ふぅむ~~~。
信濃国に残された前夫や子供たちの復讐?
恨んでるならアリだな。
若殿が続ける
「矢が飛んできたとき、すぐ現場に駆け付け、犯人追捕の指揮をとった蔵人に話を聞くことができた。
彼が手配した大舎人が旅芸人の一団を捕らえ、弾正台に連行した。
他にも、宴の松原には三人組の兵衛(六位以下八位以上の嫡子で21歳以上の者及び諸国の郡司の子弟で弓馬に巧みな者を国司が推薦して選抜した。)がうろついていたそうだ。彼らは、武官であるにもかかわらず弓矢をもたず、先に突起がついた二尺(60cm)ほどの棒だけを持っていたが、彼らを捕まえた大舎人は犯人ではないと判断し名前を確認するとすぐに解放した。
その他に、真言院を訪れる途中であろう僧侶たちがいたが、彼らの所持品は数珠や六尺(180cm)ほどの錫杖、経典だった。
その他にも、采女町では女官たちが小袖一枚でうろついていたり、内膳司では調理人が刀子や食材の入った鍋や鮒ずしなどを持ち、うろついていたり、細かく言えばきりがないらしい。」
ふむ・・・・
武官のくせに弓矢を持たない兵衛の三人組?
宴の松原で何してたんだろう?
「兵衛たちは何をしてたと言ったんですか?」
「息抜きに右兵衛府から散歩にきたと言ってたらしい。」
右兵衛府は宴の松原の西に位置する役所だから、不自然ではないのか。
弓をもっていないなら矢を飛ばせないなぁ。
ハッ!と思いつき
「女房に命中した矢の持ち主が犯人じゃないんですか?兵衛府とか近衛府にあるものならそこの衛士が犯人では?」
キレッキレの推理なのに、若殿は首を横に振り、
「それは否定された。命中した矢というのが普通と違い変わったもので、長さが五尺(150cm)もあり、弾力のある木でできている。尾部には白い羽がつき、先には鉄製の矢じりがついた、衛士が使うのとは全くの別物だった。」
「へぇ~~~!飛ばす弓も変わったものでしょうかね?」
(その5へつづく)