柔靭の白羽(じゅうじんのしらは) その3
質問すると、巌谷は
「彼らは旅芸人の一団で、宴の松原でうろついていたところを大舎人に見とがめられ、連れてこられたらしい。昨夜、大歌所(大歌を教習する所。大歌とは古代宮廷の祭祀や節会に用いられた歌謡をいい,舞を伴うものもあった)で何やら宴があったらしく、その余興のために招かれたそうだ。」
そう言えば大きい葛籠を背負った男たちや、琵琶の形をした布包みを持った男もいたなぁ。
旅芸人なら荷物が大きいのも納得。
巌谷が続ける
「で、仕事が終わったので帰ろうとして、宴の松原へ差し掛かったところを、大舎人に引き留められたと彼らは主張しているらしい。」
疑わしそうな口調にピンときて
「その言葉を信じてないんですか?」
難しい顔つきで首を横に振り
「そもそもが旅芸人など身元が不確かだし、このまま野放しにするわけにはいかない。尋問して犯人ではないと確信できるまでは牢に収容する必要がある。」
う~~~ん。
疑いだけで身柄拘束!
そんな目には遭いたくない!
複雑な気持ちで、巌谷が尋問するために官舎へ向かって歩いていくのについていくと、弾正台の役人に追い立てられて同じ方向へ歩いていた旅芸人の葛籠がガサゴソと揺れた。
へ?
何?
中身が動いてるっ!!!
ビックリして、前を歩く背中の葛籠へ目がくぎ付けになる。
ガサッ!!ガサゴサッ!!ガサッ!!
激しく左右上下に揺れ、葛籠の蓋が二寸(6cm)ほど持ち上がり、皺のある赤い顔に、眉のないまん丸の目がある、薄茶色のフサフサの毛が顔の周りにびっしりと生えた、明らかに猿が、葛籠の隙間から顔の上半分をのぞかせた。
えぇっっ!!
可愛っっ!!
「あっ!!!猿っ!!」
テンションが上がり思わず叫ぶと、猿は驚いたように葛籠の中へ潜った。
猿の入った葛籠を背負った男性が振り返り、ニッコリ微笑み
「そうだよ。子猿が芸をするんだ。珍しいだろ?」
「へぇ~~~~っ!!!凄いですっ!!見たいですっ!!」
「そうだなぁ、次の興行は、xx寺かな?ここを無事出ることができて、機会があれば見においで。」
「行きますっ!!絶対にっ!!弾正台の役人にあなたたちを出してくれるように頼んでおきますっ!!」
「はははっ!頼もしいねぇ。よろしく頼むよ。」
信じてないような愛想笑いで返されたけど、絶~~~っ対っ、この人達の無実を証明して、猿の芸を見るぞっ!!
心に固く誓った。
巌谷が尋問のために、旅芸人たちを一人ずつ呼び出した。
官舎の一角を衝立で仕切り、文机を挟んで巌谷と尋問される人が向かい合って座った。
私と記録係はその横に待機して、ボンヤリ見守るのとテキパキ記録するのとに役目を分担した。
巌谷は一人ずつ呼び出した旅芸人たちに
・宴の松原にいた理由。
・どこから来たのか。出身国は?
・この先の予定。
・何の芸を見せてるのか。
などなどを質問して、答えを記録してた。
猿を葛籠に入れてた男性は早太郎という名前で『信濃国』出身。
宴の松原にいた理由はさっき巌谷が言ったように、昨夜、大歌所の宴会の余興で芸を披露し、昼頃、解放されたので洛中にある宿へ戻るところだった。
この先の予定は三日後、xx寺で興行があると言ってたのもさっきの通り。
絶対行かねばっ!!
これは絶対見逃せないっ!!
全身に力が入り、グッと手に汗を握る。
遊び女と称された女性は、芸としては舞を披露したらしい。
出身はこちらも早太郎と同じ『信濃国』
宿と予定は旅芸人全員同じだそう。
ここまで聞いて退屈になったので、気分転換に外にでると、早太郎が、猿を葛籠から出して器に水を入れて飲ませてた。
猿は地面に置いた器の水を、犬みたいにかがんでピチャピチャ舐めてたので、ちょっと意外だな~~と思った。
人間みたいに手で持って飲むのかと思った。
その様子を眺め、何となくさっきの遊び女と呼ばれた女性のことを考えながら
「確か、彼女は同じ信濃国出身なんですよね?名前は何と言うんですか?」
(その4へつづく)