柔靭の白羽(じゅうじんのしらは) その2
巌谷が続ける
「光前は悲鳴に近い、助けを呼ぶ声を上げ、慌てて信濃に駆け寄り、助けようにもどうすればいいのかもわからず狼狽えるばかりだった。
信濃が苦しい息の下、口を動かし何かを光前に伝えようとするので、耳を近づけると、『しらは・・・えて・・・うれ・・・つつ・・・がな』と呟いた。
信濃がぐったりと動かなくなったころ、光前の助けを呼ぶ声を聞き、駆け付けた蔵人が大舎人たちに命じ、信濃を典薬寮へ運んで医師に見せるよう指示した。
矢が飛んできた方向に多数の大舎人を遣って犯人を捕まえる手配もしたらしい。」
「矢はどこから飛んできたんですか?」
「光前の話では、矢が飛んでくるのを見たわけではないが、信濃が東を向いていた背中に命中したわけだから、内裏の西、つまり宴の松原のある方向から飛んできたようだ。内裏の西には隣接して采女町(女官の宿舎)、内膳司(天皇の日常における食事の調理と配膳および食料の調達を担当する官司)、中和院(天皇が新嘗 祭,神今食などの祭式を行なったところ)がある。
中和院は立ち入り禁止だか一応調べ、采女町と内膳司にも立ち入り、派遣された大舎人たちが調べたところ、怪しい人物はおらず、そのさらに西にある真言院(修法を行う公的な密教道場)、宴の松原まで捜査の手を伸ばした。」
犯人が隠れられる場所が多すぎることにビックリして
「聞いてるだけで調べるところが多すぎてゾッとしますねぇ~~~!!」
ウンザリ半分、驚嘆半分で声を上げた。
ん?でも・・・・と疑問が湧き
「どうやって怪しい奴を特定するんですか?」
「それは、明らかにオドオドして挙動不審だとか、矢を飛ばすための弓を持っている、質問に答えない、逃げ出そうとする、など要するに話してみて『怪しい奴』だろうな。」
「ふ~~~ん。でもそれだけの場所を調べるとなると時間がかかりそうですねぇ。もし私が犯人なら疑われないように平静を装うし、弓なんてどこかにしまい込むだろうし、質問にはちゃんと答えて誤魔化すだろうし、目の前で逃げ出したりしないだろうし、捕まえるのは至難の業ですよねぇ~~~。」
巌谷が苦々しい顔で私を横目で睨み付け
「イヤな事を言うなっ!!もし犯人が捕まらなければ、女御、ひいては帝のお命を狙った謀反人を野放しにすることになるかもしれんのだぞっ!!とにかく、私が聞いたのは中和院・采女町・内膳司に怪しい者はいなかったという報告までだ。」
ちょうどそのとき、外からザワザワと大勢の人の話声が聞こえ、巌谷は私と顔を見合わせ
「行くぞ!」
頷きあい、立ち上がって、巌谷の曹司から外へでた。
弾正台は瓦のついた白壁塀で四方が囲まれた中に、官舎がいくつか建ち並ぶ場所だが、その北門から大舎人たちが庶民の恰好をした人々を引き連れて入ってきた。
大舎人たちに前後を挟まれて歩かされている人々は、筒袖の直垂に括り袴で萎え烏帽子の恰好の男性たちや、小袖の上に袿を腰ひもに挟んで裾を上げた格好の下げ髪の女性だった。
ん?
違和感。
フツー庶民の女性は小袖の上に腰布をまとった姿だし、少し身分のある女性の外出姿・壺装束なら、長い袿や単衣の、裾が見える形でたくし上げて腰ひもで結んでいるはずが、その女性は袿の裾を、小袖の腰ひもに挟むだけという見たことも無い変な恰好。
巌谷にそれを質問すると
「ああ、あれは元巫女だったものが旅芸人になって流浪し、行く先々で技芸や春を売る遊び女だよ。」
巌谷が大舎人の一人に話しかけ、会話しているあいだ、弾正台の役人たちが、連れてこられた人々を大舎人たちから引き渡されてた。
取り調べの場所へ連れて行くようだ。
話し終えた巌谷に
「これからどうするんですか?あの人たちは誰で、なぜ弾正台へ連れてこられたんですか?」
(その3へつづく)