柔靭の白羽(じゅうじんのしらは) その1
【あらすじ:ある女御に仕える女房の背中に、白昼堂々、矢が命中し絶命した。帝を狙った謀反なら、警戒レベルは最大値で、内裏は極限の厳戒態勢。誰が、どこから、何のために内裏へ矢を飛ばしたの?時平様は今日も柔靭な思考で要点を見つけ、犯人への的を絞る!】
私の名前は竹丸。
歳は十になったばかりだ。
平安の現在、宇多天皇の御代、日本で権勢随一を誇る関白太政大臣・藤原基経様の長男で蔵人頭兼右近衛権中将・藤原時平様に仕える侍従である。
私の直の主の若殿・時平様はというと、何やら、六歳ぐらいの小さな姫に夢中。
宇多帝の別宅に訳アリで、隠し育てられている姫を溺愛していて、周囲に気づかれていないと思っているが、使用人はじめ母君・大奥様にもバレバレ。
若殿いわく「妹として可愛がっている」。
でも姫が絡むと、はたから見てもみっともないくらい動揺する。
従者としては、たかが小さな女の子に振り回されてる姿はいかがなものか。
今回は白羽の矢が『立つ』であって『当たる』じゃないよというお話(?)
ある日、昼餉を終え、宇多帝の別邸へ行くという若殿にお伴しようと門を出ると、ちょうどそこへ現れた弾正台の役人・巌谷とバッタリ出くわした。
巌谷が太い眉を上げ、無駄に長くて多い睫毛に縁どられた目を大きく開き、驚いたように
「あぁ!頭中将どの!一大事です!早急に解決していただきたい大問題が持ちあがりまして、参上しました!つい先ほど、宮中で大事件があったのです!内裏から急報が届いておりませんか?」
若殿が私をチラ見し
「何も受け取ってないんだな?来客への応対をサボってたり・・・・してないだろうな?!」
怖い顔で睨み付けるので、冷や汗をかきながらも、ブンブン首を横に振る。
ウトウトしてたけど・・・・誰か来たらわかるよね?多分。
若殿が眉をひそめ巌谷に
「何事があったんですか?」
「内裏のxx女御様がおられる飛香舎(藤壺)へ矢が射かけられたのです!そして、藤壺で女御に仕える信濃という女房の背を、その矢が貫き、間もなく亡くなってしまったのです!」
若殿が驚いた表情をし、すぐ眉根を寄せ心配そうに
「帝は?安全を確保なされたんだろうな?矢が内裏へ放たれたのなら、帝を狙ったものかもしれないだろ?」
巌谷は深刻そうにウンと頷き
「それは、ご安心を。帝はすぐに清涼殿の夜御殿(塗籠・天皇の寝所)へお籠りになり、蔵人たちが四方を警護し、清涼殿の周囲は近衛将曹たちが守りを固めております。失礼ながら右近衛権中将であられるあなたもここでのんびりしておられる訳にはいかないのでは?」
チッと舌打ちし
「竹丸っ!大内裏で捜査するぞ!」
急いで内裏へ駆けつけ、まず若殿がした事は、清涼殿を訪れ帝の御様子を伺うこと。
そのあとは、内裏中の女官をとりまとめ、天皇の秘書として情報をいち早く入手しているであろう尚侍または典侍に会って話を聞く事だった。
そのどちらにも立ち会えない私と巌谷は大内裏の南端にある弾正台で若殿の報告を待っていた。
巌谷の曹司で出された白湯を啜りながら、
『チッ!白湯だけ?菓子はないの?おもてなしの心が足りないなぁ~~~。』
などと思いつつ、事件の概要を聞いてみる。
「知ってることを順を追って話してください」
巌谷は顎に指を添え慎重に話し始めた。
「ええと、朝政が終わった昼過ぎ頃、藤壺の庭で花を見てくつろいでいた信濃という女房に、突然、後ろから矢が飛んできて、背中に命中したのを、傍にいた同僚の女房・光前が見て腰を抜かした。」
ひぇ~~~~!
花をめでてるだけで矢が飛んでくるって!
どーゆー状況っ???
災難にもほどがあるっ!!
怖~~~っっ!!
ブルっと身震いした。
(その2へつづく)