焦熱の神火石(しょうねつのかみびいし) その2
奥白根は首を横に振り
「いいえ。見た目は普通の、十代後半の姫でした。名前は榛名というそうです。確かに暗い雰囲気で陰気な女子でした。那須と同じような中流貴族の娘だと聞きましたが。屋敷に引きこもっていそうな引っ込み思案な性格のようなのに、護摩法要に那須の屋敷まで出かけてきたのが少し違和感がありましたが、よっぽど那須のことが好きで名残惜しかったのかもしれません。」
「那須の死因は何だったんですか?」
奥白根はハッと思い出したように
「そういえば、そうです!那須は妻の榛名の屋敷で、心臓が止まったらしいんです!それで父君が榛名を許せないんです。榛名が那須に何かしたんじゃないかと疑ってるようです。」
若殿はう~~んと唸り
「ということは、那須は榛名の元へ通い始めてから、体に異常をきたしたということですか?」
奥白根はウウンと首を横に振り
「いいえ!那須はそもそも幼いころから病弱だったそうです。私が出会ったのは大学寮に入ってからですが、その頃には既に『脈が弱くてすぐに息切れがし、馬に乗ることも、長距離を歩く事すらつらい』といってました。両親は長男である那須を一番に可愛がり、姉や妹はないがしろにされたそうです。父君は那須に朝廷での出世を望み、文官として栄華を極めて欲しいと家庭教師をつけ、文章生から文章得業生(官人登用試験の最高段階の受験候補者)そしてもっともはやい除目での任官を切望していました。だから擬文章生に合格していよいよこれからというときに那須が死んだことがやり切れず、誰かに怒りをぶつけたかったんでしょう。」
悲しそうに眉根を寄せて呟いた。
私は質問したくてウズウズし、ついに
「でも妻の榛名は大人しい人だったんでしょ?那須を苦しめるようなことをする人じゃないんでしょ?」
奥白根は慌てたようにパチパチと素早く瞬きをし
「そ、そうだよ。それは確かだけど・・・」
若殿がしびれを切らしたように口を挟んだ
「で、赤子の病はいつ起こったんですか?」
奥白根は気を取り直し
「その直後です!那須の父君が榛名を罵った直後なんです!参列していた人々があちこちで咳をし始めたと思ったら、私も頭痛と息苦しさを覚え、咳が出ました。そばに寝かせていた赤子と幼子がぐったりと青い顔をして横たわっているのに那須の姉が気づき、金切り声で話しかけ、身体を揺さぶり必死で目を覚まさせようとしていました。その声を聞いて人々はパニックに陥り『那須が呪いをかけ黄泉の国へ我々を引きずり込もうとしている!』とか『いや、榛名が妖力を使って子供たちを殺そうとしている』とか叫びながら、一目散にその場から逃げ出しました。律師が激しく咳込みながらも参列者たちを落ち着かせようと『大丈夫です!呪いではありません!御仏は救ってくださいます!落ち着いて!』と大声を出しましたが、大半の参列者は逃げかえりました。」
若殿が
「で、その後、赤子はその日のうちに亡くなり、幼子は一週間ほど病みついたということですか。大人たちの症状はすぐに治まりましたか?」
奥白根はウンと頷いた。
「喉に痛みと頭痛がしばらくありましたが、その日のうちに治まりました。」
確かに那須の父親が榛名を罵った途端、病の症状が出たなら、榛名が怒って妖力?呪力?何かしらの超能力で那須の家族を襲ったとも考えられる。
アレ?と思いつき
「榛名はどうしてたんですか?妖力で襲ったのなら、自分は平気なはずですよね?」
奥白根はう~~んと考え込み
「元々青白かった顔色が、さらに青白くなっていたな。でも嬉しそうに口元を緩めていたように見えた。気味が悪かったよ。」
ますます怪しい!
妖力じゃなくても何か企んだのかも!!
(その3へつづく)