不染の蓮(そまらずのはちす) その5
若殿は平然と
「そうだな。たすき掛けして袖を止めていたから腕まで見えていたが、確かに、話をした男には蓮の花托を現した刺青があった。」
「『あばた』じゃなく?」
若殿はウンとシッカリ頷いた。
眉を上げ、からかうように笑みを浮かべ
「ここまで話せば、お前にはもうその疫病の村で、実際には何があったのかわかったか?」
は??
何?何のこと?
ポカンとして
「実際に何がって、疫病が蔓延して村人全員が死んだんでしょ?」
それ以外に何があるの?
疑問だらけ。
若殿がニンマリとほくそ笑み
「では続きを話してやろう」
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若殿と泉丸は川沿いの山道をさかのぼり雲法寺についた。
雲法寺で応対してくれた稚児に朝廷から派遣された役人であると名乗り、本堂へ通してもらい、しばらく待っていると不語仙和尚が現れた。
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「山へ修行に出てなくてラッキーでしたね」
「まぁな」
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若殿は不語仙和尚に向かって
「あなたが貧しい人々を救うために銭が必要なのはわかりますが、朝廷に収めるべき税を横領するのはいただけませんね。」
不語仙和尚は冷静沈着をギュッと固めて握ったような顔つきで
「何のことを仰ってるんですか?」
「疫病で村人全員が死んだというのは嘘ですね?」
は?
えぇっーーーー?
嘘なのっ?
なぜそんなウソつくのっ??
不語仙和尚は微動だにせずジロリと若殿を睨み付けた。
「あなたこそなぜ嘘だと思うのです?甲斐国守だって認めていたでしょう?」
「あなたの修行僧の一人が、下流の村の墓に遺体を埋めたといいました。疫病の遺体なら焼いた後の骨を埋めるはずです。」
不語仙和尚が鼻で笑い
「ッハッ!!そんなっ!!たかが言い間違いをっ!!遺体を焼き、骨を埋めたんです。私が供養しました。嘘ではありません。」
言い放った。
若殿はひるまず
「では、修行僧たちは川で何をしていたんですか?」
「・・・・・・」
「お教えしましょう。彼らは川に入り、笊を使って川底の砂から砂金を集めていたんだ。」
不語仙和尚がゴクリと息をのんだ。
「言い逃れできないでしょう?場所は覚えていますから、調べればすぐにわかることです。」
泉丸が何か思いついたように『なるほど!』と手を打ち
「だから、疫病の噂を流し、人を近づけないようにしたんですね!もし砂金が出ることが付近の村人達に伝わればたちまち採りつくされてしまう!疫病なら誰も寄ってこないだろうからな!」
若殿が続ける
「一番近い村人には銭を握らせ下流の村に引っ越しさせたんですね?大金が必要だったでしょうが、それを補って余りあるほど多量の砂金が出たんですね?」
不語仙和尚が長い溜息をつき
「貧しい人々を救うための資金が必要だったのです。それまでも上流で少しずつ砂金を集めていましたが、あの村の近くの川では今までと比べ物にならないくらい多量の砂金が採れることがわかったのです。付近の住民に知られ、国司に伝われば税として徴収されてしまう。その前に我々が採りつくす必要があったのです!ですが、私腹を肥やすためではありません!貧しい人々に全て施してきました!住民が天候不順による不作にあえぎ、飢えに苦しんでいた時、朝廷は何をしましたか?飢饉を救うための不動穀(備蓄米)はほぼ無いに等しく、何の役にも立ちませんでした!我々が採取した砂金を武蔵や駿河といった隣国で米や魚と交換し、住民の命を救いました。朝廷に砂金を収めていれば、あなたがた中央の役人や貴族たちの私腹を肥やすばかりで、貧しい人々は死ぬだけでしょう?そんな理不尽を許せますか?」
怒りを込めた真剣な目で見つめた。
若殿はいたたまれない気持ちになり
「それはごもっともです。朝廷の備えが足りないことは反省すべき点です。しかし、律令がある限りは守るべきです。」
口早に呟いた。
泉丸は全く動じず、不語仙和尚を睨み付け
「貧しい人々を救っているかもしれませんが、それはあなただけの理屈であなたの私的な趣味嗜好でしょう?税を横領した罪は消えません!あなたを国府に突き出し、裁きにかけます!そして砂金は税として朝廷が徴収します!国司の怠慢ならそれを朝廷に上奏すべきだ!」
キッパリと言い放った。
まぁねぇ~~。
そもそも国司がちゃんと飢饉から救ってくれたら問題ないし、自分たちの怠慢を中央に訴えはしないよねぇ。
不語仙和尚がいなければ多くの人が飢え死にしてたなら、砂金の横領は仕方ないのでは?
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私が
「で、その報告をするために、今、宇多帝の別邸に向かってるんですね。」
(その6へつづく)